僕が子供だった頃

忠犬ジョン

私の子どものころを語るのに欠かせない一つに、犬のジョンのことがある。小学2年生のときだったかと記憶するが、山の中に捨てられていたのを抱き上げて家に連れ帰った。いわゆる柴犬の雑種だが、子どもの手の平に乗るくらいの小さなかわいい子犬だった。ど…

米山

疎開した父の実家が、三階節で知られる米山の懐深く入ったところだったことはすでに何度も書いた。「米山さんから雲がでた いまに夕立が来るやら ピッカラシャンカラ ドンガラリンと音がする」という三階節の歌とともに、私の子ども時代は、朝晩、雄大な米山…

あたらしい憲法

あたらしい憲法が公布されたのは、敗戦の翌年、1946年11月3日である。小学校の2年生だった私に、そのときの記憶がまったくないのはやむをえない。新憲法について学んだのは、中学校に入ってからだったとおもおう。『あたらしい憲法のはなし』という…

はじめてのテレビジョン

1949年、5年生の修学旅行先は、長野市だった。新潟県に近い柏原の小林一茶記念館を訪ねた後、15年ぶりの御開帳を迎えた善光寺にお詣りをし、戦後初めて開かれた長野平和博覧会を見学した。もの心ついてから、県外に出るのは初めてで、しかも長野市と…

一病息災

振り返ってみると、私は元気で活動的な子どもだったにもかかわらず、よく病気をした。兄が脳炎になったと同じころ、やはり疫痢を患った。ジフテリアにも罹った。そんな大病でなくても、しょっちゅう風邪を引いたり、お腹をこわしたりした。戦時中で、栄養状…

蚊帳の中の蛍

初夏の夜、谷あいの棚田のすべての田んぼに、無数の蛍が舞った。それはそれは見事なものであった。まだ農薬を使用しない時代だった。田植えが終わって、苗が2、30センチくらいに伸びたころ、蛍は稲の葉にとまったり、夜空を飛びまわったりして、見渡す限…

外交官夫人が夢だった母

父についてしたためたので母のことも書いておかないと公平さを欠くであろう。母は、1914年(大正2年)生まれだから、私が生まれたときはまだ24歳だったことになる。いまは上越市に編入されたが高田に近い新井という町が母の出身地で、家は代々穀物問…

父と「満蒙開拓団」

敗戦直後、父が県庁を訪ねてきた一人の身寄りのない元満蒙開拓青少年義勇兵を家に連れ帰ったことは前に記した。行きがかりとはいえ父がなぜそうしたのか、それには深いわけがあった。 父が勤めていた県庁での職務は拓務課といった。農民のなかから「満州」へ…

野山の恵み

敗戦をはさんで子どもたちにとって最大の関心事はなんといっても食べ物であった。その点、山の中の暮らしは苦しかったとはいえ、自然の幸に恵まれていた。世界的な豪雪地帯で冬は2メートルを超える雪が積もり、集落全体がすっぽり雪に埋もれたが、3月末の…

薄幸だった兄のこと

一つ年上の兄は、3歳のころ赤痢を患って高熱が続き脳炎をおこして生死の間をさ迷った。両親はどんな障害が残っても良いから助けてほしいと新潟大学の脳外科の医師にすがるように必死で懇願したという。兄は助かったが、発達障害で知能は三歳児のままにとど…

疎開児童

疎開といっても、私の場合は父の実家へ引っ越したのだから疎開したという実感はなかった。しかし、通いだした国民学校には疎開児童がたくさんいた。疎開には、縁故疎開と集団疎開があり、縁故疎開とは文字通り縁故をたよっての移住であり、集団疎開というの…

分教場の1年生

国民学校へ入学してすぐ父の実家のあった上越市の米山中腹に位置する山村に疎開したことはすでに記した。転校した学校は黒川国民学校下牧分校であった。1、2年生、3、4年生、5、6年生がそれぞれ一つの教室で学ぶ複式学級である。授業は、1時間の半分を…

デパートの食堂で雑炊--新潟の思い出

新潟市での暮らしの思い出は、戦争も末期のころのものばかりである。一番の繁華街である古町に大和デパートがあって、その屋上に子ども向けの遊び場があった。そこに、脚でまたがって乗り一銭銅貨を所定の穴に入れると馬が上下に動く遊具があって、これによ…

国民学校入学式

私が新潟市で国民学校へ入学したのが、1945年の春だったことはすでに書いた。たしか関谷国民学校といった。その時の様子ははっきり覚えていない。宮城遥拝、教育勅語奉読などが行われたはずだが、記憶に残っていないのである。おぼえているのは、新潟は…

父の乗った船が米潜水艦に?

私が新潟市で国民学校に入学する少し前だったとおもうが、役所の出張で当時日本の植民地になっていた朝鮮へ赴ていた父から、〇日釜山発の船で帰国するという連絡があった。戦時の海外出張で身の安全が案じられる時代、母がやれやれとほっとしたであろうこと…

囲炉裏で大やけど

そのころの農家にはどこでも居間に囲炉裏があって、薪を燃やしていた。炉には自在鉤なるものが天井からつるしてあって、これに煮物などの大きな鉄鍋をかけているのが日常であった。囲炉裏の火の近くの灰のなかに、餅ややきもちを入れて焼いたりもした。学校…

大雪と初めてのスキー

私が国民学校に入学した1945年の冬は歴史的な大雪であった。豪雪で有名な上越市の高田はすっぽり雪に埋もれた。駅の近くに「この下に高田あり」の標識が立っていたと聞いたのは、ずっと後になってからだ。私はこの冬、高田の近くに位置する新井というと…

進駐軍

日本はアメリカに占領されたが、山の中で暮らしていた私たちは進駐軍の実際の姿を目にすることはなかった。そんな私たちにとってとくに記憶に残ること一つは、ナトコの映画である。 ナトコとはナショナル・カンパニーの略で、アメリカの占領軍によって日本国…

私の八月十五日

岩波新書『子どもたちの8月15日』を読んだ。山藤章二、永六輔、下重暁子ら33人が子どもでむかえた敗戦の体験を記している。国民学校1年生で敗戦を迎えた私とほぼ同じ世代の人たちの記憶は、共通するところが多く親しみと懐かしさを禁じえなかった。そこで私…

このブログについて

リタイアして読書三昧の生活になった。しかし、歳のせいもあって、読んでもなかなか頭にのこらないことが多い。そこで、できるだけ読書ノートを書くよう心掛けてきた。そのうち、せっかく書くなら誰かに読んでほしいな、と思うようになった。そこでこのブロ…

山歩き 

大井川鉄道SLで寸又峡温泉へ 2017・12・27~29 年の暮に次女ののお誘いで静岡県の大井川にそって走る大井鉄道の蒸気機関車SL列車に乗って、寸又峡温泉へ二泊三日の旅にでかけた。南アルプスの玄関口ともいえる奥大井を訪ねるのはもちろん初めてで…

満蒙開拓少年義勇兵、島倉健吾さん

敗戦の翌年、一人の青年が県庁を訪ねてきた。ソ連の侵攻後日本軍に見捨てられた「満州」から命からがら帰還したものの身寄りがなく、途方に暮れてのことであった。島倉健吾さんといった。たまたま応対したのが当時県庁の職員だった私の父である。父は、満蒙…

西永良成著『「レ・ミゼラブル」の世界』(岩波新書、2017・3)

ビクトル・ユゴー(1802~1885)の『ノートルダム・ド・パリ』を読んだのはごく最近である。『レ・ミゼラブル』は、中学生の頃『噫無常』と題する黒岩流香訳で読んだ記憶があるが、そこからの子ども向け翻案であったようにも思う。原作を読んだのは…

永井潔著『真理について』(光陽出版社、2018・3)

このたびは、永井さんの『真理について』を贈呈いただき、ありがとうございます。ひさびさに知的刺激に満ちた哲学書を読むことができました。 わたしはかつて永井さん『芸術論ノート』の刊行を起案し、編集に直接たずさわった当人であり、永井さんの認識論、…

高村薫『土の記』(新潮社、2016)

高村薫といえば、『マークスの山』『リヴィエラを撃て』『レディ・ジョーカー』など推理小説をまず思い浮かべる。『晴子情歌』など大地に根差した女の何代にもわたる年代記もある。ところが本作は、奈良県の山深い農村の過疎化した集落を舞台に、農業にたず…

クリントン・ロメシャ著『レッド・プラトーン――14時間の死闘』(伏見威蕃訳、早川書店、2017・10)

朝日新聞の書評欄でとりあげられていたのを見て、読んでみる気になった。アフガニスタンでの米軍の作戦の実態を知ることができると考えたからだ。 本書は、2009年10月3日から4日にかけて、アフガニスタン北部のパキスタンに近いヌーリスタンにある米…

ヴィクトル・ユゴー『ノートルダム・ド・パリ』(岩波文庫、2016・6)

中学生のころ、『ノートルダムのせむし男』という表題で子ども向けに翻案したこの作品を読んだことがある。醜い容姿を持って生まれたノートルダム寺院の鐘撞男の不幸な宿命に衝撃を受け、今も記憶に残っている。一度本物の作品を読んでみたいと思いながら機…

ロバート・B・ライシュ著『最後の資本主義――米国の良心、絶望と希望を語る』(東洋経済社、2016・12)

著者は、現在カリフォルニア大学バークレー校公共政策大学教授。クリントン政権の時の労働長官である。1946年生まれ。アメリカの富がごく一部の富裕層に集中し、労働者の賃金と社会的地位が下落し続け、いわゆる中間層が消滅し、かつてのアメリカンドリ…

笠原十九司著『日中戦争全史 上下』(高文研、2017・7)

著者は、都留文科大名誉教授。1944年生まれで、東京教育大東洋史学科大学院修士課程修了、軍事史の藤原彰門下である。私が同大の大学院在学中の後輩ということになる。 あとがきで著者自身が書いているが、戦後70余年になるのに日中戦争の全過程をきち…

松本清張『渦』(文春文庫、1979)

テレビ界ではいまも、プロデューサー、作家、俳優、そして何よりもスポンサーが、番組の視聴率に一喜一憂する。しかし、当の視聴率なるものが、どのような仕組みではじきだされるのか、はたしてそれにほんとうに信頼度はあるのか?そもそも自分の周りを見渡…