僕が子供だった頃

はじめてのテレビジョン

1949年、5年生の修学旅行先は、長野市だった。新潟県に近い柏原の小林一茶記念館を訪ねた後、15年ぶりの御開帳を迎えた善光寺にお詣りをし、戦後初めて開かれた長野平和博覧会を見学した。もの心ついてから、県外に出るのは初めてで、しかも長野市と…

一病息災

振り返ってみると、私は元気で活動的な子どもだったにもかかわらず、よく病気をした。兄が脳炎になったと同じころ、やはり疫痢を患った。ジフテリアにも罹った。そんな大病でなくても、しょっちゅう風邪を引いたり、お腹をこわしたりした。戦時中で、栄養状…

蚊帳の中の蛍

初夏の夜、谷あいの棚田のすべての田んぼに、無数の蛍が舞った。それはそれは見事なものであった。まだ農薬を使用しない時代だった。田植えが終わって、苗が2、30センチくらいに伸びたころ、蛍は稲の葉にとまったり、夜空を飛びまわったりして、見渡す限…

野山の恵み

敗戦をはさんで子どもたちにとって最大の関心事はなんといっても食べ物であった。その点、山の中の暮らしは苦しかったとはいえ、自然の幸に恵まれていた。世界的な豪雪地帯で冬は2メートルを超える雪が積もり、集落全体がすっぽり雪に埋もれたが、3月末の…

薄幸だった兄のこと

一つ年上の兄は、3歳のころ赤痢を患って高熱が続き脳炎をおこして生死の間をさ迷った。両親はどんな障害が残っても良いから助けてほしいと新潟大学の脳外科の医師にすがるように必死で懇願したという。兄は助かったが、発達障害で知能は三歳児のままにとど…

疎開児童

疎開といっても、私の場合は父の実家へ引っ越したのだから疎開したという実感はなかった。しかし、通いだした国民学校には疎開児童がたくさんいた。疎開には、縁故疎開と集団疎開があり、縁故疎開とは文字通り縁故をたよっての移住であり、集団疎開というの…

囲炉裏で大やけど

そのころの農家にはどこでも居間に囲炉裏があって、薪を燃やしていた。炉には自在鉤なるものが天井からつるしてあって、これに煮物などの大きな鉄鍋をかけているのが日常であった。囲炉裏の火の近くの灰のなかに、餅ややきもちを入れて焼いたりもした。学校…

進駐軍

日本はアメリカに占領されたが、山の中で暮らしていた私たちは進駐軍の実際の姿を目にすることはなかった。そんな私たちにとってとくに記憶に残ること一つは、ナトコの映画である。 ナトコとはナショナル・カンパニーの略で、アメリカの占領軍によって日本国…

私の八月十五日

岩波新書『子どもたちの8月15日』を読んだ。山藤章二、永六輔、下重暁子ら33人が子どもでむかえた敗戦の体験を記している。国民学校1年生で敗戦を迎えた私とほぼ同じ世代の人たちの記憶は、共通するところが多く親しみと懐かしさを禁じえなかった。そこで私…

このブログについて

リタイアして読書三昧の生活になった。しかし、歳のせいもあって、読んでもなかなか頭にのこらないことが多い。そこで、できるだけ読書ノートを書くよう心掛けてきた。そのうち、せっかく書くなら誰かに読んでほしいな、と思うようになった。そこでこのブロ…

山歩き 

大井川鉄道SLで寸又峡温泉へ 2017・12・27~29 年の暮に次女ののお誘いで静岡県の大井川にそって走る大井鉄道の蒸気機関車SL列車に乗って、寸又峡温泉へ二泊三日の旅にでかけた。南アルプスの玄関口ともいえる奥大井を訪ねるのはもちろん初めてで…

西永良成著『「レ・ミゼラブル」の世界』(岩波新書、2017・3)

ビクトル・ユゴー(1802~1885)の『ノートルダム・ド・パリ』を読んだのはごく最近である。『レ・ミゼラブル』は、中学生の頃『噫無常』と題する黒岩流香訳で読んだ記憶があるが、そこからの子ども向け翻案であったようにも思う。原作を読んだのは…

永井潔著『真理について』(光陽出版社、2018・3)

このたびは、永井さんの『真理について』を贈呈いただき、ありがとうございます。ひさびさに知的刺激に満ちた哲学書を読むことができました。 わたしはかつて永井さん『芸術論ノート』の刊行を起案し、編集に直接たずさわった当人であり、永井さんの認識論、…

高村薫『土の記』(新潮社、2016)

高村薫といえば、『マークスの山』『リヴィエラを撃て』『レディ・ジョーカー』など推理小説をまず思い浮かべる。『晴子情歌』など大地に根差した女の何代にもわたる年代記もある。ところが本作は、奈良県の山深い農村の過疎化した集落を舞台に、農業にたず…

クリントン・ロメシャ著『レッド・プラトーン――14時間の死闘』(伏見威蕃訳、早川書店、2017・10)

朝日新聞の書評欄でとりあげられていたのを見て、読んでみる気になった。アフガニスタンでの米軍の作戦の実態を知ることができると考えたからだ。 本書は、2009年10月3日から4日にかけて、アフガニスタン北部のパキスタンに近いヌーリスタンにある米…

ヴィクトル・ユゴー『ノートルダム・ド・パリ』(岩波文庫、2016・6)

中学生のころ、『ノートルダムのせむし男』という表題で子ども向けに翻案したこの作品を読んだことがある。醜い容姿を持って生まれたノートルダム寺院の鐘撞男の不幸な宿命に衝撃を受け、今も記憶に残っている。一度本物の作品を読んでみたいと思いながら機…

ロバート・B・ライシュ著『最後の資本主義――米国の良心、絶望と希望を語る』(東洋経済社、2016・12)

著者は、現在カリフォルニア大学バークレー校公共政策大学教授。クリントン政権の時の労働長官である。1946年生まれ。アメリカの富がごく一部の富裕層に集中し、労働者の賃金と社会的地位が下落し続け、いわゆる中間層が消滅し、かつてのアメリカンドリ…

笠原十九司著『日中戦争全史 上下』(高文研、2017・7)

著者は、都留文科大名誉教授。1944年生まれで、東京教育大東洋史学科大学院修士課程修了、軍事史の藤原彰門下である。私が同大の大学院在学中の後輩ということになる。 あとがきで著者自身が書いているが、戦後70余年になるのに日中戦争の全過程をきち…

松本清張『渦』(文春文庫、1979)

テレビ界ではいまも、プロデューサー、作家、俳優、そして何よりもスポンサーが、番組の視聴率に一喜一憂する。しかし、当の視聴率なるものが、どのような仕組みではじきだされるのか、はたしてそれにほんとうに信頼度はあるのか?そもそも自分の周りを見渡…

カズオ・イシグロ『わたしたちが孤児だったころ』(入江真佐子訳、早川文庫、2006)

上海の租界で両親とともに暮らしていたクリストファー・バンクスは、10歳のときに両親がいなくなり孤児になってしまう。イギリスの叔母に引き取られて 、ケンブリッジ大学を卒業して、仕事につこうとしている1923年から、クリストファーのこどものころ…

カズオ・イシグロ『日の名残り』(早川文庫、2001)

原題は、The Remain of the Day。1989年の作だから、もっとも初期のものである。イギリス最高の文学賞であるブッカー賞を受賞した作品である。『浮世の画家』など日本を舞台にした作品から一転して、これはイギリスのしかも貴族の世界を扱っている。しか…

インフルエンザで重篤

一週間ほど前から風邪気味で、咳くしゃみ、鼻水に加えて、熱が37度前後あった。2、3日安静にしていれば回復するだろうとたかをくくっていたら、週末から39度近くの熱がつづいて、意識ももうろう、つらい日が続いた。平熱は35度台なので、37度をこ…