読書

アンソニー・ホロヴィッツ『カササギ殺人事件』(創元推理文庫、2018・9)

巻末の解説で川出正樹が次のように書いている。「アンソニー・ホロヴィッツ『カササギ殺人事件』は、まごうかたなき傑作だ。2018年の時点で、二十一世紀に書かれ翻訳された謎解きミステリの最高峰といっても過言ではない」と。川出があげるその理由の第…

司馬遼太郎『世に棲む日日』(1~4巻、文春文庫)

坂本龍馬を描いた『竜馬がゆく』、大村益次郎の生涯をとりあげた『花神』を読んだ以上どうしても避けて通るわけにいかないのが、吉田松陰、高杉晋作を主人公にしたこの作品である。表題は、28歳の若さで生涯をおえた晋作の辞世の句「おもしろき こともなき…

岡田恵美子『言葉の国イランと私』(平凡社、2019・3)

著者は、東京外国語大学教授を経て、現在、日本イラン文化交流協会会長。ペルシャ語、ペルシャ文学の専門家で、1932年生まれというから現在86歳くらいか。 1958年に東京日本橋で開かれた「イラク・イラン発掘展」を訪れた著者は、そこで砂漠の砂に…

司馬遼太郎『花神』(上中下、新潮文庫)

明治維新史のなかで彗星のごとく頭角を現わし、軍神とまで呼ばれた大村益次郎こと、村田蔵六の生涯を描いたのが、この作品である。幕末・維新史で活躍する人物と言えば、西郷や高杉、竜馬、大久保らの名がすぐあがるが、大村益次郎は、これらの人びととはち…

ナディア・ムラド、ジュナ・クラジェスキ-著『THE LAST GIRL――イスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語』(吉井智津訳、東洋館出版、2018・11)

イラクの北部にはクルド人の住む地域がある。住民の多くはスンニ派のイスラム教徒だが、シンジャールという山地を中心にヤズィディ教徒の人々がいる。ゾロアスター教などの系譜も引くというこの宗派の人々は、牧畜や農業を中心にひっそりと親密な暮しを営ん…

アライダ・アズマン著『想起の文化――忘却から対話へ』(安川晴基訳、岩波書店、2019・1) ,2018

原題はDas neue Unbehangen an der Erinnerungskulturである。直訳すれば、「想起の文化への不快」といった意味である。想起の文化とは、ヒトラー、ナチスによるホロコースト、ユダヤ人迫害、虐殺というおぞましい歴史を、これに対する反省をこめて記憶し、…

小川洋子『琥珀のまたたき』(講談社文庫、2018・12)

この作者は、現実と非現実との境界のような、ひそやかでいとおしく、落ち着いた世界を描くのを得意とする。それにしても、この作品がつくりだすのは不思議な世界である。 琥珀とは、オパールや瑪瑙とならぶ宝石の一種で、数千万年前の樹液が地層深くに固まっ…

南塚信吾著『連動する世界史――19世紀世界の中の日本』(岩波書店、2018・11)

刊行が予定されるシリーズ『日本の中の世界』(全7冊)の第1冊である。著者は、1942年生まれ、ハンガリー史、国際関係史の専門家で、千葉大・法政大学名誉教授という。日本の幕末、維新史を当時の国際関係のなかにおいてとらえるという志向は、最近の…

篠田節子『鏡の背面』(集英社、2018・8))

小野尚子は、DVDや性暴力の被害、アルコール中毒、薬物依存などから立ち直ろう とする女性たちのための救済施設、新アグネス寮を設立し私財を投じて運営の中心に座る 指導者、先生として親しまれ、尊敬されていた。一緒に暮らす不幸な過去を持つ女性たち に…

司馬遼太郎『梟の城』(新潮文庫)

作者の若いころの作品であり、1959年の直木賞受賞作である。いわゆる忍者もので、戦後の忍者ブームの走りになった作品といえよう。作者の作家としての地位を不動のものにした記念すべき作品でもある。しかし、後の一連の歴史小説がそれぞれの時代とそこ…

坂井律子『<いのち>とがん』(岩波新書、2019・2)

著者は2016年、NHKの編成局主幹に就任した直後に膵臓がんが発見され、2年間の壮絶な闘病生活を経て、2018年11月26日に58歳の生涯を終えている。教育、医療、福祉などの番組の制作、ディレクターを務めてきた著者は、2度にわたる大手術に耐え、一時は職場…

司馬遼太郎『関ケ原』(上中下、新潮文庫)

関ケ原の戦いは、壇之浦、鳥羽伏見の戦いとともに日本歴史上の三大決戦のひとつといわれる。この決戦に勝ったことで、家康の支配体制が固まり、その後300年近くにわたる徳川幕府の時代がはじまることになる。徳川方の東軍と石田三成方の西軍の合計十数万…

文在寅著『運命 文在寅自伝』(岩波書店)

著者はいうまでもなくお隣の韓国の現職大統領である。朴槿恵前政権下の圧政に対する民衆の粘り強いたたかい、いわゆるロウソク革命の結果誕生した大統領である。しかし、日本人の多くが、この大統領の経歴も政治信条もまったくと言っていいほど知らないので…

松本清張『像の白い脚』(光文社文庫)

第二次大戦後間もない1960年代のラオスを舞台にしたミステリーである。フランスにつづく日本の植民地支配からようやく抜け出したインドシナ半島は、アメリカの介入とこれに反対する共産勢力との間での内戦状態が続いて混とんとした政治状況にあった。旧…

司馬遼太郎『竜馬がゆく』(文春文庫全8冊)

作者の代表作中の代表作であり、おそらくもっとも広く読まれているのではなかろうか。あまりにも有名なのと、『坂の上の雲』で維新後の明治政権による朝鮮侵略、植民地化に目をつむって日露戦争とそれを契機とする軍国主義大国化を一方的に美化したいわゆる…

司馬遼太郎『峠』(上中下、新潮文庫)

司馬遼太郎の作品はこれまで『坂の上の雲』くらいしか読んで来なかった。歴史小説の大家であるから他の作品にも挑戦してみようとかねがね思っていたのだが果たさずに来た。妻に勧められて挑戦する気になったのがこの作品である。戊辰戦争とならんで維新をめ…

ナオミ・クライン著『「ノー」では足りない――トランプ・ショックに対処する方法』(幾島幸子、新井雅子訳、岩波書店)

カナダ人の女性であるこの著者の前作『ショック・ドクトリン――惨事便乗型資本主義の正体を暴く』や『これがすべてを変える-ー―資本主義vs気候変動』(いずれも岩波書店)は、新自由主義がもたらした極端な儲け第一主義とそれによる富の偏在、格差の拡大、貧困…

飯島和一『星夜航行』(新潮社、2018・6)

この作者には、天草の乱を描いた『出星前夜』や、後醍醐天皇の隠岐への追放をテーマにした『狗賓童子』といった作品があり、いずれも本格的な歴史小説で高い評価を得ている。この作者の作品に“はずれなし”といわれるが、今回の作品もその例にもれず、あるい…

ジュリー・オオツカ『あのとき、天皇は神だった』(小竹由美子訳、フィルムアート社、2018・8)

第二次大戦中、アメリカ在住の日系人は敵性外国人として強制的に収容所に隔離収容されていた。その辛い体験を描いたのがこの作品だが、2002年に刊行、翻訳が出されたものの絶版になっていた。トランプ大統領による移民排斥でふたたび注目を浴びるように…

ジュリー・オオツカ『あのとき、天皇は神だった』(小竹由美子訳、フィルムアート社、2018・8)

貴堂嘉之『移民国家アメリカの歴史』(岩波新書、2010・10)

著者は、1966年生まれ、一橋大学社会学教授。『アメリカ合衆国と中国人移民』(名古屋大学出版会)などの著作がある。トランプによる移民排斥や、安倍内閣による劣悪な労働条件、人権抑圧を放置したままの外国人労働者受け入れ拡大などが大きな問題にな…

映画「華氏119」

マイケル・ムーア監督の映画「華氏119」を観た。トランプ大統領を生んだ現在のアメリカ社会の一つの断面を知るには格好の作品である。 冒頭、2016年11月9日(トランプ大統領が誕生した日)の前夜、80数パーセントの確率でクリントンの圧倒的勝利を予…

真藤順丈『宝島』(講談社、2018・6)

アメリカ占領下の沖縄を舞台に戦火を生き抜いた若者たちがくりひろげる壮大なドラマとスペクタクルである。米軍との地上戦をガマのなかで体験して育ったオンちゃんを頭とするレイ、グスク、ヤマコの四人は、戦果アギヤ―とよばれるコザのやくざ、窃盗団である…

松本清張『棲息分布』(文春文庫)

戦後、石油業界に進出して破綻した安宅産業という商社を題材にした経済小説『空の城』(文春文庫)を読んで面白かったので、同じ系列の作品として本書に手をのばした。1966年~67年にかけて書かれた作品である。前作が膨大な資料を駆使して安宅産業の…

松本清張『空の城』(文春文庫)

10大総合商社の1角をしめていた安宅産業が、カナダのニューハンプシャー州のカンバイチャンスに巨大製油所NRCを建設して石油事業に乗り出したが、第4次中東戦争による原油価格の暴騰に遭遇するなどして破綻、伊藤忠商事に吸収合併されたのが、1977年…

浅田次郎『長く高い壁』(角川書店)

日本ペンクラブの会長を務めたこの作家の作品をこれまで一度も読んだことがなかった。日本がおこなった戦争の実相に迫るという新聞書評を見て、読んでみようという気になった。それなりに面白かったが、いま一つ印象が薄いのはなぜだろうか? 舞台は1937…

村山由佳『風は西から』(冬幻社)

作者は『ダブルファンタジー』など恋愛小説をもっぱら書く人と思っていたら、ブラック企業をテーマにした社会的な作品を書いたというので読んでみることにした。 和民をモデルにしたとすぐに推定される外食系大手企業・山瀬に働くまじめで責任感の強い元来快…

ジェフリー・アーチャー『嘘ばっかり』(新潮文庫、2018・8)

作者は現代のディケンズを自任している。この間、7年がかりで『クリフトン年代記』という超大作を上梓したばかりである。まずしい造船労働者の息子であるクリフトンは、母親の献身的な努力によって、パブリックスクールを卒業して、ケンブリッジ大学に学ぶ…

あだたら高原・岳温泉逗留記(2018・9・3~6)

今年の夏は文字通りの酷暑でとても遠出をする気にならず、冷房の効く部屋にとじこもりきりであった。夏ばてをのりきるためにも、9月に入ったらどこか温泉にでもということになり、次女に探してもらって推薦されたのが福島県のあだたら高原にある岳温泉であ…

ディケンズ短編集(小池滋、石塚裕子訳、岩波文庫)

ディケンズと言えば、大長編作家というのが常識である。『短編集』があるというのは知っていたが読んだことはなかった。このたびこの作者の作品を系統的に読んできたので、この機会に目を通すことにした。収められているのは、初期の長編である『ピクウィッ…