読書

村山由佳『風よ あらしよ』(集英社、2020)

実はこの作者にまったくなじみがなかったし、この作品を読むことになったのも意外な動機からであった。瀬戸内寂聴さんが亡くなり、マスコミで追悼特集などが企画され目に触れる機会が多かった。それらに触れる中で自分が瀬戸内さんの作品を一冊も読んでいな…

赤神 諒『仁王の本願』(KADOKAWA、202112)

「朝日」の書評欄で紹介されていたので、読んでみた。作者は、1972年生まれの大学教授で法学博士、弁護士である。『大友二階崩れ』で日経小説大賞を受賞して作家デビューしたひとで、他に『大友の聖将』『太陽の門』などの作品がある。 親鸞のおこした浄…

石黒浩著『ロボットと人間―人とは何か』(岩波新書、2021・11)

日本はロボット工学で世界の最先端を行くという。その日本におけるロボット工学の第一人者が書いたのが本書である。著者は大阪大学の基礎工学の教授である。ロボットの研究・開発がどこまですすんでいるかを具体的に紹介するとともに、人間に近いロボットの…

アンナ・ツィマ『シブヤで目覚めて』(阿部賢一、須藤輝彦訳、河出書房新社、2021・4)

「チェコの超新星による次世代ジャパネスク小説」というのが本作のキャッチフレーズである。作者は、1991年チェコのプラハで生まれ、カレル大学哲学部日本研究学科を卒業後日本に留学、日本を拠点に作家活動をはじめ本作でデビュー。チェコで新人文学賞…

飯島和一『星夜航行』(上下、新潮文庫、2021)

島原の乱を描いた『出星前夜』(2008年)で大佛次郎賞、対馬の流人をめぐる大スぺクタクル『愚賓童子の島』(2016年)で司馬遼太郎賞を受賞しているこの作家の作品には、これまでいたく感服してきた。史料の徹底的な読み込みをふまえて克明に描き出…

片山杜秀著『尊王攘夷―-水戸学の四百年』(新潮選書、2021・5)

日本のナショナリズムを考えるには、どうしても幕末の尊王攘夷運動にまでさかのぼらなければない。それが明治国家以来の排外的な右翼思想、軍国主義の根源として果たした否定的役割にとどまらず、近代に向って歴史を前に推し進めた積極的役割もきちんととら…

バラク・オバマ著『約束の地―-大統領回顧録1』(上下 集英社、2021・2)

内外を問わず政治家の自伝にはあまり興味がなく、これまでほとんど読んだことがなかった。その多くが、自分の業績の一方的な自画自賛に終始しているのではないかとの先入見もその理由の一つである。しかし、オバマはアメリカ初のアフリカ系黒人の大統領で、…

スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』(三浦みどり訳、岩波文庫、2016年)

著者は『チェルノブイリの祈り』で知られるノーベル文学賞受賞者(2015年)で、旧ソ連、現在のペラルーシ出身のジャーナリストである。本書は彼女の最初の著作で、1978年から500人以上におよぶ旧ソ連軍将兵だった女性に直接取材、録音した戦争体…

桐野夏生『ロンリネス』(光文社文庫、2021・8)

作者は日本文芸家協会の会長である。先に言論抑圧が支配する社会を描いた『日没』を読んだので、本書(2018年に単行本で刊行)が文庫化されて書店の平台に積み上げられているのを見つけて購入する気になった。テーマは一転して、夫婦間の不倫の話で、『…

半藤一利『日本のいちばん長い日 決定版』(文春文庫)

筆者が亡くなったのは今年の1月である。表題の著作は、筆者の代表作であるが未読であった。この8月の敗戦記念日を機会に、追悼の意もこめて読んでみることにした。初版は1965年に評論家として一世を風靡した大矢壮一編の名で世に出た。半藤は当時『文…

アネッテ・ヘス『レストラン「ドイツ亭」』(森本薫訳、河出書房新社、2021・1)

この作品は、1963年にドイツで開かれたいわゆるアウシュヴィッツ裁判をテーマにしている。 ドイツでは、第二次世界大戦後連合軍によるニュールンベルク裁判でナチスの戦争犯罪は裁かれたが、ドイツ人の多くがナチス党員になるなどヒトラーの統治に積極的…

カズオ イシグロ『クララとお日さま』(土屋正雄訳、早川書房、2021・3)

作者が2017年にノーベル賞を受賞後初めて公にした話題の長編小説である。前作『私を離さないで』では、人間の臓器移植用に人工的に作りだされたクローン少年少女たちの残酷で悲しい生きざまを描き出した。一見したところ、普通の子どもたちと何ら変わら…

宇佐美まこと『羊は安らかに草を食み』(祥伝社、2021・1)

作者は『愚者の毒』で第70回推理作家協会賞を受賞している。もともと伝奇小説やミステリーを書いてきた人である。本作は、一転して一人の認知症の老婦人の重い戦争体験をめぐる話である。もちろん、作者ならではのミステリアスな要素も欠いてはいない。 8…

ヴィトルト・ピレツキ『アウシュヴィッツ潜入記――収容者番号4859』(杉浦茂樹訳、みすず書房、2020・8)

原題は、“アウシュヴィッツ志願者―-勇気を超えて”である。アウシュヴィッツなどナチス・ドイツの絶滅収容所から生還した人たちによる体験記はいくつもあるが、本書は、自発的にわざわざ捕えられて入所し、収容所内で抵抗組織をたちあげ、武装蜂起の準備をし…

カレル・チャペック『白い病』(阿部賢一訳、岩波文庫、2020・9)

新型コロナで第3回目の緊急事態宣言が東京、大阪、兵庫、京都にだされるというなかで読んだ戯曲である。白い病とは、50歳くらいの年配者を襲う原因不明で予防法も治療法もない伝染病で、ある日突然皮膚に白い斑点が現れ、たちまちのうちに耐えがたい悪臭…

宮本百合子『二つの庭』『播州平野』『風知草』(新日本出版社版全集6巻)

今年は宮本百合子没後70周年にあたることから、『道標』『伸子』を読む機会があったので、つづいて『二つの庭』にとりくみ、さらに再読になるが『播州平野』『風知草』にもいどんだ。『播州平野』『風知草』は、第二次大戦が日本の無条件降伏によって終結…

宮本百合子『道標』(新日本出版社版全集第7、8巻)、『伸子』(同3巻)

今年は、宮本百合子没後70周年にあたり、『民主文学』が特集を組むなどしている。それでというわけでもないのだが、百合子の生前最後の大作となった『道標』を読み、大変感銘をうけ、つづいて『伸子』も読んでみることにした。筆者が百合子のこれらの大作…

斎藤幸平『大洪水の前に――マルクスと惑星の物質代謝』(堀の内出版、2019・4)

この著者の新刊書『人新世の「資本論」』(集英社新書)が、「朝日」書評欄の週間ベストテン3位になるなど好評で、大型書店の一番人目につく平台に積まれるという異例の事態が起こっている。異常気象による地球環境の破壊から人類を救うには資本主義という…

ローベルト・ゲルヴァルト『史上最大の革命――1918年11月、ヴァイマル民主政の幕開け』(大久保里香、小原淳、紀愛子、前田陽祐訳、みすず書房)

「朝日」が書評で取り上げていたのと表題の意外性に着目して読んでみることにした。1918年のドイツ革命といえば、第一次世界大戦末期17年のロシア革命につづいて、その影響下に起こったオーストリア、ハンガリー、フィンランドの革命、内戦など一連の…

斎藤幸平著『人新世の「資本論」』(集英社新書、2020・9)

気象変動による地球と人類の危機を救うには、グローバル化した資本主義とそのもとでの「経済成長」を前提としたあれこれの打開案では不可能で、資本主義のシステムそのものを打破して、新しい社会システムをつくるしかない、というのが本書の主題である。著…

ジェフリー・アーチャー『レンブラントをとり返せ』(戸田裕之訳、新潮文庫)

作者の超大作『クリフトン年代記』7巻が完結したのは、いまから3年程前である。貧しい港湾労働者の息子のクリフトンが、いろんな試練を乗り越えて成長し、裕福な家族の一員となりベストセラー作家として大成するまでをえがききったのが、この作品である。作…

赤木雅子、相澤冬樹『私は真実が知りたい』(文芸春秋、2020・7)

森友学園問題をめぐって衆院予算委員会で野党に追及された安倍前首相が、「私や妻がこの認可に関与、あるいは国有地の払い下げに、もし関わっていれば総理大臣をやめる」と啖呵を切ったのは、1917年2月17日であった。すべてはそこから始まった。 当時…

ジャニス・P・ニムラ『少女たちの明治維新――ふたつの文化を生きた30年』(志村昌子、藪本多恵子訳。原書房、2016年)

先ごろたまたまNHKテレビで大山巌夫人となった山川捨松の生涯を紹介する番組を見る機会があった。明治3年(1871年)、10歳のとき津田うめ(6歳)、永井繁(9歳)らとともに岩倉具視を団長とする欧米視察団に同行し、10年余アメリカで生活し、教育…

桐野夏生『日没』(岩波書店、2020・20)

小説家のマッツ夢井のもとに「総務省文化局・文化文芸倫理向上委員会」なる政府機関から一通の文書が届く。貴殿に対する読者からの提訴を審査した結果、出頭を要請するという内容の召喚状である。指定されているのは、茨城と千葉の県境にある海辺の断崖にか…

プリーモ・レ-ヴィ『休戦』(岩波文庫)

作者は1911年にイタリアのトリーノで生まれたユダヤ人の化学者であった。1943年、ムソリーニのファシズム政権は崩れるが、イタリアは戦乱状態となり、レーヴィは、「正義と自由」という反ファッショのパルチザン部隊に加わった。そして、ファシスト軍に捕ら…

エリフ・シャファク『レイラの最後の10分38秒』(北田絵里子訳、早川書房)

カナダの集中治療室勤務の医師らの報告によると、臨床死にいたった患者が、生命維持装置を切ったのち10分38秒間も生者とおなじく脳波を発し続けたという。本作はこのニュースに興味をひかれた作者が、“人はそのわずかな時間に何を思うのだろうか? もし人…

エリフ・シャファク『レイラの最後の10分38秒』(北田絵里子訳、早川書房)

カナダの集中治療室勤務の医師らの報告によると、臨床死にいたった患者が、生命維持装置を切ったのち10分38秒間も生者とおなじく脳波を発し続けたという。本作はこのニュースに興味をひかれた作者が、“人はそのわずかな時間に何を思うのだろうか? もし人…

オールコック『大君の都――幕末日本滞在記』(山口光明訳、岩波文庫上中下)

カール・マルクスが『資本論』のなかで、19世紀中葉の日本について紹介し、その社会が西ヨーロッパの12世紀ころの封建時代にそっくりだと述べている。マルクスの認識の源となったのが本書だということは、不破哲三氏の紹介で知っていた。しかし、これまで実…

司馬遼太郎『菜の花の冲』(文春文庫全6巻)

このところ作者の労作シリーズ『街道をゆく』を読み続けているが、その第15巻が北海道函館とその周辺をとりあげている。幕末に榎本武揚ひきいる艦隊が上陸して1国を築こうとしたところである。そのなかで、高田屋嘉平についても紹介されている。この人の…

ラーラ・プレスコット『あの本は読まれているか』(吉澤康子訳、東京創元社、2020・4)

たしか「朝日」が書評欄でとりあげていたので、読む気になった。妙な表題だが、現題は“The Secret We Kept”である。作者は、アメリカのグリーンズバーグ出身の女性で、アメリカン大学で政治学を学び、テキサス大学で美術学の修士を取得、執筆活動を始める前…