米山

  疎開した父の実家が、三階節で知られる米山の懐深く入ったところだったことはすでに何度も書いた。「米山さんから雲がでた いまに夕立が来るやら ピッカラシャンカラ ドンガラリンと音がする」という三階節の歌とともに、私の子ども時代は、朝晩、雄大な米山の姿を眺めながらの暮らしであった。もっとも、住んでいた家は山腹深い沢筋にあったから、そこからは米山はみえなかった。しかし、家から少し登った見晴らしの良い高台に出ると、米山の山頂はすぐ目の前にあった。晴れの日も雨の日も、家から30分ほど坂道を登る通学路から毎日この山を仰ぎ見ながら、育ったといってよい。

 米山に初めて登ったのは小学3年生のときだったかと思う。海抜993メートルと決して高い山ではないが、日本海の海岸、海抜ゼロメートルからそびえる独立峰だから、山容は堂々として、けっこう登りがいのある山である。通っていた下牧小学校が文字通り登山口だったから、ここを起点に3時間弱で山頂に到着する。山頂には薬師堂があり、古来、米山薬師信仰で越後平野、頚城平野の各地から登られていたから、登山道はよく整備されていて子どもでも安心して挑戦できる。

    途中に、水野集落からの登山道と合流する「出会い」、ブナの大木でうっそうとしている「駒ケ岳」、さらに頂上直下の「しらば」と、一休みできる場所があり、そこで休憩しながら山頂をめざす。前に書いた薬草のトウキ(当帰)が採れるのは、「しらば」の先にあるガレ場である。標高差が1000メートル近くあるから、子どもにとってはけっして楽な登山ではない。それだけに、ふうふう息を切らしながら山頂にたどりついたときの爽快感は格別で、その記憶はいまも残る。

 山頂から360度にひろがる眺めはまさに絶景である。北側の眼下に広がる日本海には佐渡ヶ島もくっきりと見える。海岸線にそって直江津から名立の灯台を一望し、少し目を西にむければ、妙高、火打ち、焼山と頚城三山が、その西には志賀高原の山々が望める。さらにその南には谷川連峰など越後国境の山々がつらなる。そして、東に越後平野、西に頚城平野が広々と伸びる。大人になってから登山を趣味とし、日本アルプスをはじめ各地のいろんな山に登ってきたが、これほどすばらしい眺望をもつ山には、めったにお目にかかれない。この山と身近に接しながら育ったことは、何物にもかえがたい幸せだったと、いまも感慨をふかくする。 

 私にとって意外なのは、こんなに見晴らしの良い山であるにもかかわらず、数ある登山の案内書などにこの山を紹介したものがほとんど見当たらないことである。日本アルプスをはじめとするいわゆる登山の名所からははずれ、日本海に面したまったくの独立峰で、海抜も高くないからだろうが、これだけの眺望をもつ山なのだから、もう少し注目されても良いというのが率直な思いである。そんなこともあって、子どものころの思い出に重ねて、米山についてあえて記した次第である。