雨の天城湯ヶ島温泉へ

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 今年、私が傘寿、妻が喜寿をむかえた。お祝いにと長女の夫妻と次女が伊豆への一泊旅行に招待してくれた。梅雨時ということもあってあいにくのお天気だったが、23日(土)朝、次女の車で東京の自宅を出る。長女夫妻は別行動をとって現地で合流することになっている。天気予報によれば午前中は降らないとのこと。どんよりとした空のもと周囲の緑をながめながら海老名から厚木・小田原街道を経て、箱根の山を越え、昼近くに三島に到着。予定より早く小田原あたりから雨が本降りになる。三島には2年ほど前、やはり次女の車で訪れ、目の前に富士山をのぞみながら日本一長い吊り橋を渡り、清流で名高い柿田川の周辺を散歩したりして、さらに足を延ばして韮山にある産業文化遺産、江戸時代につくられた反射炉を見学して帰ったことがある。きょうは、箱根の山をくだりきると途中で吊り橋は目にとまったが、ながめるだけにして三島へ直行する。この一日に誕生日を迎えた次女のお祝いをかねて三島で鰻をたべようという算段である。次女がさがしてくれたのは、柿田川近く清水町にある「うな繁」という鰻の専門店である。

 地味なたたずまいの店だが中は広く、いく部屋にも分かれて何十という席があり、12時前なのに結構席が埋まっている。三島は浜名湖に近いこともあって鰻の産地である。一人前2700円のうな丼を賞味する。私にとっては久しぶりである。せっかく三島に来たのだから柿田川を散歩しようとの私の提案で、雨の中傘をさしながら川の周辺を短時間だったが歩く。激しい雨のため川が増水、水が濁っていて清流とはいいがたい。それでも落ち着いた雰囲気の公園内はすがすがすがしい。早々に切り上げて今日の目的地である天城湯ヶ島温泉郷をめざす。

 熱海の西側で伊豆半島の付け根にあたる地域に函南町がある。出発してす

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ぐ伊豆の玄関口にあたるこの町の「伊豆ゲート・ウェイ函南」という道の駅に立ち寄る。なかなか大規模な施設で、物産店だけでなく、レストラン、観光案内所、イベント広場、展望テラスなどを備えていて、この地域の交流と賑わいの場になっているようだ。物産は駿河湾を擁しているのでキンメダイの干物など魚類とワサビ製品などが目にとまる。

 ここから狩野川にそって修善寺を経て天城にむかう。川を挟んだ自然は、雨に濡れて緑がひときわ鮮やかで目に染みるようだ。残念なのは、この街道でも道路の両側にけばけばしい商業広告類が雑然と立ち並び、複雑に張り巡らされた電線と電柱とともに、景観をいちじるしく損なっていることである。日本有数の観光地なのだから、道路や街並みの景観にもう少し気配りとこまやかな神経を使えないものかと、通るたびにつねづね思う。三島から修善寺までは伊豆箱根鉄道駿豆線が入っていて長女夫妻はこれで来るはずである。修善寺まではほぼこの線路にそって車道が通っている。鉄道の修善寺駅を眺めながら車はさらに南進し、やがて天城湯ヶ島温泉郷に入る。天城山の西側を流れる吉奈川の周辺に吉奈温泉があり、この川にそってひっそりとたたむのが今夜の宿、古い歴史をもつ純和風の旅館、東府やである。雨がいよいよ本降りになるなか、3時過ぎに到着する。長女夫妻はすでに入館している。

 東府やは、江戸時代から400年続く老舗旅館で、吉奈川沿いに自然につつまれた3万6千坪の敷地をもち、リニューアルされて和の情緒豊かな一大リゾート施設になっている。茅葺の屋根を持つ純和風の玄関棟を入って、長い廊下を渡ると客室とともに懐石茶屋のある本館、西館がある。本館の二階には内風呂、別棟に二つの露天風呂があり、外に出て川沿いにさらに進むと大正時代の面影を残す、大正館芳泉「カフェアールデコ」、唐人お吉にゆかりのある資料館、何棟もある離れの客室、ベーカリーにカフェ、さらに野外ステージと広いガーデンへと続く。散歩がてらに敷地内を一周するだけで小一時間はかかる広さである。

 

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フロントのある玄関棟は、太い丸太を組み合わせた高い天井ぶちぬきの大広間で、備品の配置や壁の装飾などいずれも落ち着いた品の良い趣向で、別天地に入った心地がする。与えられた部屋は、本館一階の108号室、遊心亭。広いベッドルームに別室付き、窓からは眼下に吉奈川の清流をのぞむ。川岸に咲く濡れた紫陽花にこころが安らぐ。娘たちは隣の107号、牧心という部屋におさまる。

 浴衣に着替えてさっそくひと風呂浴びる。浴衣はよりどりみどりで、女性たちは好みの浴衣姿になる。本館近くに行基の湯、少し離れて河鹿の湯という露天風呂があるが、どしゃ降りで足元が悪いので本館二階の内湯につかる。透明で湯量が多く惜しみなく湯が沸きだしているので、豊かな心地にしてくれる。夕食は、本館の「懐石茶や水音」で樹齢400年のけやきの大樹をながめながらの和食である。こういう機会をつくってくれた皆さんにお礼を一言、ビールで乾杯の後、上品でおいしい料理を味わいながらあれこれの銘柄の日本酒をいただく。料理は、前菜につづいて沼津魚市場直送の車エビ、鰆、赤貝や、若鮎の塩焼き、愛鷹牛のローストなど。デザートの静岡メロン、青梅アイスまで、ゆっくり堪能する。夕食後、この宿の夏の売り物は、近くの川での蛍見物なのだが、今夜は雨で中止とのこと。期待していただけにちょっと残念だが、自然現象に因るのでやむを得ない。またの機会にとのこと。

 翌24日(日)早朝からどしゃ降りだったが、朝食後雨脚が止まったので、一同で敷地内の散策に出かける。吉奈川を渡り清流の音を耳にしながら、別館になっている和風の建物を眺め、その先にある資料館を訪ねる。米大使ハリスの世話をした唐人お吉の写真が飾られ、使用したという駕籠なども展示されていた。写真で見るお吉は若く清楚な面建ての女性で、こんなに美しい人だったのかと驚かされる。敷地の奥まったところに、ベーカリーと足湯カフェ、温泉プール(今は使用されていない)があり、結構な人だかりでコーヒーを飲んだりパンを食べてくつろぐ人たちの往来が絶えない。妻と娘たちはここで昼食用のパンを購入する。

 宿のチェックオフは12時なので、いったん部屋に戻って、荷物をフロントに預けて大正時代にタイムスリップできる大正館芳泉におもむく。何室もある建物自体がかなりの古さを感じさせるが、部屋にはテーブル、椅子から置物などいずれもひと時代前のものがしつられている。ここでは宿泊客にコーヒー、紅茶だけでなく、アルコール類もサービスしてくれる。スパークリングワインやコーヒー、紅茶を飲みながら、買ってきたパンで昼飯にする。食事をする段になってハッと気づいたのは、部屋の洗面所に備えつけのコップの中に義歯を入れたまま忘れてきたことである。あわてて電話をして事なきを得たが最近こういうことが多いのはやはり歳のせいであろう。要注意である。

 大正館でゆっくりして、午後2時近くにフロントから荷物をとり出して帰路に着く。修善寺まで長女夫妻も車に同乗、修善寺で二人は降りて別れる。私たちは、次女の車で三島に出て、市内にある道の駅「伊豆・村の駅」に立ち寄って買い物をし、東名高速に出て一路東京へむかう。天候が悪かったせいか、日曜日という割には渋滞も少なく、途中海老名で休憩しただけで、5時前に自宅に帰る。「文字通り命の洗濯ができた」とは、今回の旅についての妻の感想である。私もまったく同感である。これほどゆったりした気分で心ゆくまでくつろげたことは近来なかった。こんな素敵な場を提供してくれた長女夫妻、次女にこころからのお礼の気持ちを込めて筆をおく。(2018/6/24)

 ameno