コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』(谷崎由衣訳、早川書房、2017)

 作者は、アフリカ系のアメリカ人で、1969年生まれ。ハーバード大学で学び、ジャーナリストから作家になる。この作品は、ピューリッツアー賞、全米図書館賞などを受賞し、ベストセラーとして全米で広く読まれている。「ムーンライト」でアカデミー賞を受賞したハリー・ジェンキンス監督によるテレビドラマ化も決まっているという。南北戦争前の1800年代前半の南部アメリカを舞台に、プランテーションから自由を求めて逃亡する奴隷少女を主人公にした物語である。

 内容以前に注目したいのは、トランプ大統領による人種差別ともとれる排外主義的路線がまかり通るアメリカにおいて、黒人奴隷の逃亡劇がなぜこれほど人気を博するのかということである。ここには、アメリカ社会に根ざす民主主義の伝統がいまも健全な生命力をもちつづけている証をみることができるのではないか? 同時に、それと裏腹だが、人種差別がいまもアメリカ社会の底流に深く根付いており、それを過去のものと片づけることができない現実があることをも意味している。

 南部ジョージア州の農園では、過酷な奴隷労働による綿花栽培がおこなわれていた。奴隷たちは、商品として売買され、農園主らの無制限な暴力支配のもとに置かれる。反攻したり逃亡を図ったりしたら、公衆の面前でなぶり殺され、木につるされる。コリーは三代目の奴隷で、母はコリーを置いて逃亡した。コリーは、ある日、シーザーという青年から逃亡の誘いを受ける。幼い少年が残酷な虐待にさらされるのを見かねて庇ったコリーは、むごたらしい暴力によって、立ち上がることもできないほど痛めつけられる。これを機に逃亡を決意したコリーは、シーザーともう一人の少女とともに闇に紛れて農園を脱出、追手に見つかり、もう少しでとらえられるところを、危機一髪逃れる。そのさい、コリーは追手の一人であった白人少年と格闘して石で少年の頭を砕く。そのため、殺人犯としても追われる身になる。追手には、賞金目当てに逃亡奴隷をつれもどす奴隷狩り専門の組織があり、他の州に逃げても見つけだして、有無を言わさず連行する。連れ戻された農園では、他の奴隷への見せしめとしてなぶり殺しが待っている。

 ここで登場するのが、逃亡奴隷を助ける“地下鉄道”なる秘密組織である。実際にそうした秘密組織が存在し、隠語として“地下鉄道”、それに携わる“駅長”、“車掌”、隠れ家としての“駅”などの言葉が使われていたらしい。この作品がユニークなのは、この“地下鉄道”をそうした秘密組織の隠語としてではなく、実際に存在したように描いていることである。そのため、コリーらの逃亡は、地下鉄道へ案内され、地下鉄の車両に乗って州境を超え、自由の身になるという展開になる。この作品がフィクションとしてエンターテイメント性を強く持つゆえんである。

 コリーは、サウスカロライナへ逃れ、そこでつかの間の自由を手にするが、追手に見つかる。危機一髪で逃れ地下鉄道でたどりついたノースカロライナでは、狂気じみた奴隷排斥運動が支配し、コリーは隠れ家の天井裏に何ヶ月も潜む。そこも発見され、家の主人の白人夫婦は虐殺され、コリーも捕らわれの身になる。あわやのところで秘密組織のメンバーに救われ、インディアナ州の黒人施設、ブラウン農場でようやく人間らしい生活を手にする。そこで、勉強もし、恋愛も体験するが、農場はある日やはり白人暴徒に襲われる。命からがら脱出したコリーは北部へむかう。

 逃亡するコリーをつうじて、奴隷制度からの黒人の解放がどんなに苦難の道をたどったか、そのためにどんなに多くの犠牲が強いられたか、黒人たちの夢や希望、自由への願いがどんなに無残にふみにじられたかが、リアルに描き出され、自由と人権の尊さと、そのためのたたかいの偉大さを再確認させてくれる。(2018・7)