あだたら高原・岳温泉逗留記(2018・9・3~6)

  今年の夏は文字通りの酷暑でとても遠出をする気にならず、冷房の効く部屋にとじこもりきりであった。夏ばてをのりきるためにも、9月に入ったらどこか温泉にでもということになり、次女に探してもらって推薦されたのが福島県のあだたら高原にある岳温泉である。高村光太郎の妻、千恵子の故郷で、心を病んだ千恵子が「東京には空がない」というのであだたらに連れ帰ったら、「この空こそ本当の空だ」と喜んだという話はよく知られている。そんなことも念頭にあって、一度は訪れてみたいと思っていたところである。

 次女によるとJRとホテルとの契約でウィークデーの一定の時間帯にかぎる格安のツアーが提供されているとのことで、それにあやかって、あだたら高原・岳温泉にある櫟平ホテルに3泊4日の逗留計画を組んだ。ところが折悪く、超大型の台風21号がちょうどこの時期に来襲するとのこと、取りやめようかという妻の提案もあったが、山登りはむりにして、温泉でのんびりできるのだからと、ともかく行ってみようと決断する。

 

<第1日>

 9月3日朝、小田急ロマンスカーで新宿へ、そこから中央線快速で東京駅に赴く。東京の中心オフィース街を目にするのは久々である。駅の売店で私はサーモンの蒲焼、妻はサンドウィッチを昼食弁当に買って、12時30分発の東北新幹線に乗る。東京駅を離れてしばらくすると田園風景が広がる。稲穂が色づいてそろそろ稲刈りの季節到来を告げている。そんな景色を眺めているうちに郡山駅に到着、在来線に乗り換えて二本松駅で下車する。二本松駅は初めてだが、駅前に戊辰戦争で戦った少年兵であろう、剣をかざした若者の銅像が目にとまる。ホテルから送迎のマイクロバスが待機していたので乗り込むが、これがなかなか発車しない。運転手は何も説明をしてくれないばかりか、ワイシャツのボタンをはずして胸をはだけているなど不快な印象をぬぐえなかった。これが今回の旅行の第一印象で、幸先は良くはなかった。

 ようやく発車したバスは、広い田園地帯を一路あだたら高原をめざす。約20分で岳温泉に到着する。あだたらはなだらかな起伏の高原で、のびやかな丘陵地帯と言ってよい。その裾野に岳温泉があり、温泉街のとりつきに鏡ケ池という静かなたたずまいの池がある。そのほとりに建つ大きく立派な近代ビルが目に入ってくる。これがわれわれの泊る櫟平ホテルである。ホテルのロビーは天井が高く広々としている。フロントの女性たちは親切でテキパキと客をさばいている。私たちの部屋は、4階の404号室で、落ち着いた感じの和室である。部屋の窓からは鏡ケ池の全景が眼下に広がる。まるで箱庭のような景観で、二人ともとても気に入る。天候は荒れ模様だが、夕方になると雲が切れてきて、部屋の反対側の廊下からあだたら山のなだらかな稜線を目にすることが出来た。

 さっそく浴衣に着替えて温泉に浸かることにする。浴場は一階にあり、大浴場に露天風呂、薬草湯もある。夕方5時までという時間を切って、露天風呂に隣接して樽酒のサービスがついている。木製の升に紙コップを置いてこれに樽酒を注ぎこんで、湯につかりながら飲むのである。さっそくこれにあやかる。夕食はやはり一階にある広いレストランで、和食である。ビールで乾杯し、地酒を呑みながらゆっくりと堪能する。

 

<第2日>

 台風の接近で天候は荒れ模様である。早朝、朝風呂に浸かったあと、どんより曇った空をながめながら散歩に出る。鏡ケ池をぐるりと一周し、その隣にある緑池をも周回する。萩の花がはやくも咲いている。池にはカルガモが何十羽も住みついていて、悠然と泳いでいる。湯上りにすがすがしい高原の空気を吸い込み、すっかりリラックスした気分になる。

 妻と今日の行動について相談する。ロープウエイであだたら山へ登るのが今回の旅の一番の目的なのだが、台風の接近で山はガスがかかっていて視界がきかない。それでも行くかどうか思案する。そもそもロープウエイが運行するのかどうかも分からない。フロントに相談すると、ロープウエイの駅に問い合わせてくれ、運行はするが、風が強まれば休止することになるという。そこで、きょうの山行きは断念する。台風が一番接近するのは今夜だから、明日は晴れるかもしれない、と翌日に期待をつなぐ。

 そこで部屋でゆっくりした後、温泉街を散策する。朝散歩した池の周りを妻と一緒にもう一度まわったのち、ホテルから山の方に伸びる道路に沿って坂道をゆっくり登る。

ホテルを出ると道の両側に桜の老木がつづく。桜坂という。少し歩くと左手に足湯の小屋がある。その先が十字路になっている。これを渡ると、広い道の両側にホテルや旅館、お土産屋や飲食店が並ぶ。道路の真ん中にはヒマラヤスギが植えてあり、そこからヒマラヤ大通りと名がつけられている。坂道を登りきると正面に温泉神社という社がある。ここが、あだたら山への登山口入口である。そこからさらに5キロメートル登ったところに登山口、ロープウエイの乗車駅がある。奥岳温泉もここにある。 

 お昼になったので、街中にあった蕎麦屋で蕎麦を食べる。午後は、部屋で読書に勤しみ、夕方もう一度散歩に出て、お風呂に夕食へとつなぐ。文字通りのんびりした一日であった。

 

<第3日>

 台風は昨夜通り過ぎたようである。四国、近畿地方に上陸し、秋田沖に抜けたとテレビは報じている。近畿、とくに大阪に大きな被害をおよぼしたらしい。関西空港が使用不能になり、3000人もの人がすべての便が欠航した空港内で夜を明かしたという。

きょうは台風一過だが晴天は望めない。しかし、次第に天候が回復していくことは間違いなかろう。だったら、今日は山へ行くべきだ。こういう論建てで自らを納得させて朝からロープウエイであだたら山へ挑戦することにする。

 山用の服装と雨具、傘などを装備して、8時45分にホテルの車で出発する。一行はわれわれ夫婦の他、女性二人に男一人の家族らしい三人組の大人だけである。マイクロバスは、昨日散歩で訪れた温泉神社のわきを通って一路、登山口をめざす。霧がかかっているが濃い緑に覆われた高原はすでに秋の気配もして心地よい。こちらの願望も加わってか、ガスは次第に薄れていくように感じられる。9時に、ゴンドラの発着駅のある登山口、奥岳温泉に到着する。駅は、山頂に伸びるなだらかな草原の斜面に据えられている。ロープウエイを降ってくるゴンドラが、霧のなかから突如として姿をあらわす。文字通り深い幽玄の世界である。

 さっそくゴンドラに乗ってあだたら山の稜線に連なる薬師岳にむかう。約10分で到着する。到着駅は、他の同様の施設が自慢するような展望はまったく期待できない。ここから約250メートル程離れたところに薬師岳展望台があり、そこまで脚を伸ばさないと眺望を楽しむことはできないようだ。ゴンドラを降りるとすぐあだたら山山頂への登山道に入る。紫色の可憐なリンドウの花があちこちに咲いている。登山道は木道となっていて歩きやすいのだが、さほど高くはないが人間の背丈を超える灌木に周囲を覆われて、視界はまったく閉ざされ、ただひたすら歩くだけである。やがて木道も終わり、赤土に岩が目立つ歩きにくい山道になる。杖をたよりの私はどういうわけか、山道へ入ると元気になるのだが、3、40分歩いて、次第に後方に遅れる妻を待ちながら、これ以上進んでも視界は開けそうにないと判断し、このあたりで引き返す決断をする。もともと山頂までは無理とあきらめていたので、予定通りの退却である。

 登山道をもどって、薬師岳展望台に出る。岩だらけのガレ場で、なんのいわれか大きな鐘が据えられ、「この空が本当の空」という高村智恵子の言葉を刻んだ塔が建っている。幸いなことに霧も晴れてきて、ここからはあだたら山の全景を望むことができた。おかげでゴンドラを降りて以来の欲求不満は解消し、しばしのびやかな稜線からひろがる緑の景観を堪能する。今回の旅の最大の目標はこれで達成したことになる。

 ゆっくり休んでゴンドラで降る。ゴンドラ駅の周辺は、イルミネーションの施設が設置されていて、夜間には美しい光の世界を創出してくれるようだ。近くには奥岳温泉の入浴施設もある。ホテルのマイクロバスで宿にもどり、昼食をとった後ゆっくり読書、夕方になってホテルの下方、鏡ケ池の西側へ散歩にでる。コスモスの咲くのどかな高原をゆっくりと歩く。今日は私の誕生日である。夕食には、ビールでお祝いの乾杯をして、地酒をゆっくり賞味する。この歳まで生きのびようとは考えもしなかったが、さてこれからどう生きていくか、そんな思案も頭をかすめる。

 

<第4日>

 きょうは帰るだけである。いつも通り早朝、湯につかり、鏡ケ池周辺を散歩。朝食の後、9時30分にホテルのマイクロバスが出発し、二本松駅にむかう。本来なら、二本松で二本松城跡や千恵子記念館を訪れたいところだが、格安ツアーの悲しさ、帰りの新幹線の列車時刻は指定されていて、変更は許されない。せめてもの記念に、JR二本松駅をカメラに収める。

 郡山までの在来線の列車の窓からは、色づいた田園のかなたにあだたら山の全景をのぞむことができる。名残りを惜しみながら、その姿を脳裏にしっかりと収める。新幹線は郡山10時37分発である。昼過ぎには東京駅に到着する。駅の弁当売り場の片隅に、休憩のための椅子とベンチが据えられているところがあり、そこで昼食をとる。ウニイクラ丼とサンドウィッチである。レストランはいまどきどこも勤め人で混んでいるだろうというのが、そこを選んだ理由である。自宅には3時前に到着する。台風に脅かされはしたものの、遅ればせの夏休みはまずまずの首尾というところか。