貴堂嘉之『移民国家アメリカの歴史』(岩波新書、2010・10)

 著者は、1966年生まれ、一橋大学社会学教授。『アメリカ合衆国と中国人移民』(名古屋大学出版会)などの著作がある。トランプによる移民排斥や、安倍内閣による劣悪な労働条件、人権抑圧を放置したままの外国人労働者受け入れ拡大などが大きな問題になっているときだけに、時宜にかなった著作として読んでみた。

 アメリカが移民国家であることは承知していたが、その歴史を移民という角度から通して描いた著作には触れたことがなかったので、よい勉強をさせてもらった。著者は、アメリカ移民の歴史をグローバルな視野でとらえ、アジア系移民、とくに中国人移民、日系移民といった角度から考察する。ここに、われわれ日本人にとっては得難い本書の大きな特徴がある。

 アメリカは、人種の坩堝(るつぼ)といわれ、自由の女神に象徴される自由と約束の地とみなされてきた。しかし、その半面には、奴隷労働に支えられた農業があり、黒人差別が根ついてきた。奴隷解放後は,奴隷に代わるように、半奴隷的な待遇で働かされる年契約による白人労働者にくわえ、19世紀後半からは中国系の年季契約労働者が急増する。そして、20世紀にはいると、日系人や、インド、ベトナムなどアジア系の移民が急増していく。アメリカの移民史は、一面ではこれらアジア系移民に対する差別と排除の歴史でもあった。とくに中国人については、中国が半植民地状態におかれたうえ、移民が現地社会に同化せず、チャイナタウンという閉鎖的な社会を形成したことなどもあって、排撃運動がひろがり、1882年には中国人移民を排斥する排華移民法が制定され、中国人の帰化不能となる。この流れが、日系やその他のアジア人にも広がり、「帰化不能外国人」なる範疇が形成され、アジ化系移民にたいする差別と排除がまかり通るようになっていく。

 もちろん差別と排除は、ヨーロッパ人でもアイルランド人や、イタリア、スペインなどいわゆるヒスパニックにたしても、またメキシコや中南米人に対してもおこなわれるが、中国人を中心とするアジア人への差別と排撃は、黒人差別に次いで広範囲に社会に根づいていった。第二次大戦中の日系人にたいする収容所への強制隔離などの人権抑圧の背景には、アメリカ社会のこうしたひずみがあったのである。

 こうした人種差別や排除を克服していく大きな力になったのが、第一次、第二次世界大戦であったという事実も見逃すわけにいかない。戦争になれば、黒人も、ヒスパニックも、アジア人も戦力として動員され、戦場で白人とともにたたかい、国に貢献する。特に第二次世界大戦では、例えば収容所から志願してヨーロッパ戦線へ送られ、大活躍した日系人の442部隊など、非白人の将兵の活躍はめざましく、戦後その社会的地位を向上させずにはおかなかった。しかし、アジア人から「帰化不能外国人」のしばりを完全に解き放つには、1965年の移民法改正まで待たざるをえなかったという。

1960年に88万人にすぎなかったアジア系移民は、2000年には1024万人へと増え、21世紀半ばにはアメリカ最大の移民集団となるという。アメリカにおけるこうした移民の歴史をふりかえると、人種差別をあからさまにしたトランプの移民排撃が、いかに馬鹿げたアナクロニズムかが浮き彫りになる。

 最後に、アメリカにおけるアジア系移民の権利と地位向上に貢献した日系人移民の不屈のたたかいについて、ふれておく。アジア系最古にして最大の人権団体である日系アメリカ人市民連盟(JACL)は、1960年代、アーサーキングらと連携して人種差別、人権抑圧にたいして果敢にたたかった。ハワイ選出上院議員ダニエル・イノウエはその代表者の一人である。(2018.11)