南塚信吾著『連動する世界史――19世紀世界の中の日本』(岩波書店、2018・11)

 刊行が予定されるシリーズ『日本の中の世界』(全7冊)の第1冊である。著者は、1942年生まれ、ハンガリー史、国際関係史の専門家で、千葉大・法政大学名誉教授という。日本の幕末、維新史を当時の国際関係のなかにおいてとらえるという志向は、最近の歴史学会においても顕著のようで、宮地正人著『幕末・維新変革史』(岩波書店)などはその意図をもって書かれた労作の一つと思うが、本書は世界史全体の流れの中で日本の幕末から明治にかけての近現代史をとらえなおそうという試みである。

 扱われているのは、幕末から明治維新、日清、日露戦争をへて第一次世界大戦前までである。いうまでもなく欧米の資本主義、帝国主義国がアジア、中南米、アフリカを制覇し、全地球を支配し、分割していく時代であるとともに、これにたいする抵抗、反乱が世界に巻き起こる時代でもある。この世界で、日本が唯一欧米の帝国主義支配に屈することなく、独立をまもり、近代国家として成長し、列強の一角を占めるに至るのはなぜか、そこに国際政治、社会のどのような動因が働いていたのか、これが本書の主題といってよかろう。

 通読してとくに印象が深かった点に絞って、記しておこう。一つは、日本の例外的な近代国家としての成功には、もちろん日本国内の要因、たとえば商品経済の独自の発展や、それに支えられた教育・文化の普及、発展などが基本となるが、同時に世界史的な国際的要因が大きく作用していたということである。とくに、幕末の開国から維新に至る1850年代、60年代において、欧米列強の進出、植民地支配にたいする世界的規模での民衆のたたかい、中国の二次にわたる阿片戦争太平天国の乱、義和団のたたかい、そして、インドのセポイの乱にみる大規模な反英闘争、フランスの進出、植民地化に対するベトナム人民の大反乱などの大規模な民衆闘争が巻き起こされる。またアメリカでは,奴隷解放に至る南北戦争が、ロシアでも農奴の解放をもたらす変革がすすむ。これらのたたかいによって、イギリス、フランス、ロシアなどの列強国家はその対応に追われ、それぞれ極東の日本にまで手が回らないといった状況が生まれる。1854年の日米和親条約にはじまる開国から維新、明治国家の成立にいたる時期の日本にとって、そうした国際環境が欧米に学びつつ自力で近代国家への道を切り開くうえで相対的に有利に働いたのである。つまり、日本が他国の支配を受けることなく近代国家として発展できた背景には、アジアを中心とする世界的な民衆のたたかいの大波があったのである。日本の近現代史をこうした視野でみることの重要性を、本書は示唆してくれる。

 もうひとつは、日本は日清、日露戦争での勝利を契機に、アジア唯一の帝国主義国として植民地支配にのりだすが、それは日本自身の力によるのでなはなく、それぞれの勢力範囲を確保し、植民地、領土を拡張しようとする列強の勢力バランスへの志向に支えられていたということである。日露戦争日英同盟の成立によるイギリスの支持、協力によって勝利できたことはその一例である。その後の朝鮮植民地化は、イギリスだけでなく、ハワイ、フィリピンの領有承認を代償とするアメリカの黙認、インドシナ半島の領有承認をもとめるフランスの同意などに支えられ、満州での権益承認と引き換えによるロシアの同意にも支えられていたのである。つまり、帝国主義国による世界の分割の一環として、日本の朝鮮併合、傀儡国家「満州」の領有が列強の国際的な承認を得ることができたのである。いわば帝国主義国同士の協商の産物だったのである。大日本帝国による対外進出をこのような視点でとらえてこそ、その歴史的意味を正確に見定めることができるであろう。その意味でも、本書の提示する視覚は意義深い。(2019・3)