ナディア・ムラド、ジュナ・クラジェスキ-著『THE LAST GIRL――イスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語』(吉井智津訳、東洋館出版、2018・11)

 

 イラクの北部にはクルド人の住む地域がある。住民の多くはスンニ派イスラム教徒だが、シンジャールという山地を中心にヤズィディ教徒の人々がいる。ゾロアスター教などの系譜も引くというこの宗派の人々は、牧畜や農業を中心にひっそりと親密な暮しを営んでいた。この本の著者のナディアも、コーチョという小さな村で母を中心に多くの兄や姉、甥や姪などがいる大家族とともに、貧しいながら幸せな青春の日々を送っていた。ところが、彼女が21歳となった2014年、この一帯にイスラム過激派のテロ集団、ISIS(イスラム国)が侵攻する。

コーチョ村を占領したISIAは、外部との一切の接触を禁じて村人全員を村内の学校に集め、成人男性を一階に、女性と子どもを二階に振り分ける。そして、男性は全員射殺し、若い女性はサビーヤと呼ばれる文字通りの性奴隷として、シリアなどへ送りISIS戦闘員に売る。少年たちは隔離して再教育・洗脳してイスラム国の兵士に仕立てる。ナディアは、男の兄弟も母も殺されたうえ、姉や姪らとともに、サビーヤとして売られ、暴力と隔離のもとにレイプ、集団レイプという残虐非道な暴力にさらされる。ヤズィディ教が、未婚女性の処女性を厳格な戒律としているのを承知の上、しかもイスラム教への改宗をも強要される。

 ナディアは、他のヤズィディの女性たちと同様、耐えがたい苦痛と絶望で死んだほうがましとの思いを抱きながら、この境遇からなんとか脱出しようと、機会をさぐる。ある日、監視の兵士が部屋の鍵を掛け忘れたのを機に隔離部屋から脱出、モースルの街をさまよったあげく、駆け込んだ家の親切なイスラム教徒に救われ、その家族の協力のもとに、偽造旅券を手に入れてモースルからイラク国境を越えてクルディスタンの支配地域に逃れる。たまたま郷里の村に不在だったために生き延びた一人の兄が、そこでナディアを待っていた。この兄、ヘズニは、生き延びたヤズィディ教徒の人々と協力して、性奴隷にされた女性たちの救出活動にとりくんでいたのである。

 以上が、本書で描かれるナディアらイラクのヤズィディ教徒が、イスラム国の大規模なテロによって強いられた悲惨な運命である。ナディアは、クルディスタンにある難民キャンプからドイツにわたり、難民を受け入れるドイツで生気をとりもどす。そして、不幸なヤズィディ教徒を救い、保護するとともに、イスラム国によるテロと人権抑圧を告発し、法の裁きを受けさせるために専心する人権活動家となっていく。ジュネーブで開かれた国際会議に出席し、自分を襲った集団レイプをふくめ悲惨な体験を、勇気をもって報告したのを契機に、その活動は国連はじめとして国際的な規模に広がっていく。

    兄のヘズニも加わるヤズィディ教徒の救援・人権擁護団体であるヤズニという国際組織が、彼女をもその一員として彼女の活動を支える。本書の序文を書いている人権弁護士、アマル・クルーニーや、共著者になっているジャーナリスト、ジョナ・クルジェスキも、そうした運動に深くかかわってきた人たちである。クルジェスキは、ナディアの語りを文章にする役割を果たしていると推測される。こうした人と組織に支えられたナディアの活動は、国際的に評価され、2018年のノーベル平和賞を受賞する。クルドの平凡な一人のヤズィディ教徒の少女が、耐えがたい苦しみと不幸を転じて、みずからを非凡な人権活動家へと変身させた、その勇壮なたたかいに心から敬意を表したい。(2019・4)