アンソニー・ホロヴィッツ『カササギ殺人事件』(創元推理文庫、2018・9)

 巻末の解説で川出正樹が次のように書いている。「アンソニーホロヴィッツカササギ殺人事件』は、まごうかたなき傑作だ。2018年の時点で、二十一世紀に書かれ翻訳された謎解きミステリの最高峰といっても過言ではない」と。川出があげるその理由の第一は、「フーダニット(犯人あて)としての完成度が極めて高いためだ。プロットは複雑精緻で、構成は緻密かつ堅固。容疑者は縺れ合い、様々な動機が見え隠れしつつストーリーは二転三転する。個性豊かな探偵役が、丹念に描かれた手掛かりと目くらましとを選り分けて」云々。第二は、『アガサ・クリスティ作品のオマージュとして完璧な仕上がりを見せているためだ。舞台は一九五〇年代半ばのイングランド。“渓谷の森”と湖を有する豪壮な貴族の屋敷を中心に由緒ある牧師館、パブや骨董品店などが点在する、まさに絵に描いたような美しき英国の田舎の小村でたて続けに起きた二つの死。葬儀の場に予兆のように現れたカササギを目にした老墓堀人の脳裏を、子どもの頃に教わった数え唄がよぎる。エルキュール・ポワロを彷彿させる名探偵アティカス・ピュントは、閉ざされた共同体の裏庭に静かに積もった嘘とごまかしの下から埋もれた秘密を掘り起す」。

 長くなったが、あえて紹介したのは、この作品の特質をうまくまとめ上げていると感じたからである。舞台は、サマセット州にあるパイ屋敷で不慮の死をとげた家政婦の葬儀の情景から始まる。鍵のかかった屋敷の階段の下に倒れているのを発見された彼女は、たまたま掃除機のコードに脚をひっかけて墜落したのか、それとも‐‐‐‐‐。その死は、小さな村に衝撃を走らせただけでなく、そこに住む人びとの関係に少しずつひびを入れていく。しかもつづいて館の主が思いもよらぬ残虐なやり方で殺害される。脳腫瘍で余命あとわずかという名探偵アティカス・ピュントは、現地を訪れあらゆる状況をつぶさに観察しながら推理を働かせる。文字通りクリスティを彷彿させる筆遣いである。

 これだけでもミステリとしてじゅうぶん堪能できる力作なのだが、謎解きが大詰めを迎えなお決着をみないまま、下巻にはいる。そこでは、話は一転して、『カササギ殺人事件』の筆者であるアレン・コーンウェイという作家を担当する編集者であるわたしが登場する。アレンは「アティスカ・ビュント・シリーズ」で人気の絶頂にある。しかし、彼も実は、医者から癌で余命わずかと告げられている。わたしは、アレン・コンウェイの最新作『カササギ殺人事件』の原稿を編集長から渡される。そして、その原稿に肝心の最終章が欠落しているのを発見する。作者が生涯の最後となる作品を書き上げずに編集者に手渡すことはあり得ない。だとすると、最終章はどこでいかなる理由で誰によって欠落させられたのか? これが本書下巻の最大の謎解きとなる。探偵役はもちろん、アティスカ・ピュントではなく、女性編集者であるわたし自身である。

 このように、本作には二つのミステリがいわば「入れ子」になっているのである。そして、この二つのミステリがどこでどうつながるのかが、もうひとつの謎解きとなって読者の迫るのである。これは斬新な意表を突く構成であり、このように複雑な構成の作品を緻密に仕上げているところに、作者のなみなみならぬ力量をうかがわせる。ちなみにこの作者は、『女王陛下のスパイ アレックス!』シリーズがベストセラーになるなど現代イギリスを代表するヤング・アダルト作家であるという。なお、カササギ(magpie)には、鳥のカササギの他に、おしゃべりな人、何でも集めたがる人、黒白斑模様といった意味がある。(2019・6)