吉田裕『兵士たちの戦後史』(岩波文庫、2020・2)

 もともと『シリーズ戦争の経験を問う』(岩波書店、2011)の一冊として刊行された著作である。内容的には、評判になった『日本軍兵士』(中公新書)の続編といえよう。

 日中戦争以降の軍人・軍属の戦没者は230万人といわれる。そのうち、栄養失調による餓死者と、栄養失調による体力消耗の結果、マラリアなどにかかって亡くなった事実上の餓死者を合わせると140万人にのぼる。ほかに、37万人が艦船や輸送船による海没死している。そのほか、無謀な特攻死もある。多くの将兵が軍指導部の無謀な作戦により文字通り犬死に等しい死に方をしている。この人たちには、当然のことながら戦後は存在しない。

 問題は、生き残った将兵である。敗戦の時点で日本の陸海軍は、本土に436万、海外に353万、合計789万名の将兵を配属していた。ポツダム宣言の受託とともにこの大部隊を帰還、解体させなければならなかったのだから、想像を絶する大事業であった。そして、帰還将兵一人ひとりの戦後がそれから始まる。敗戦により、天皇のためお国のための聖戦という大義を失い、戦友たちの遺体を残しての帰還にぬぐいえない罪悪感を抱きながら、そのうえ、敗戦をもたらした張本人として国民から白い眼を向けられながら、この将兵たちの戦後は始まった。この人たちは、年齢と健康の面でも知能の面でも、廃墟から立ち直る日本の戦後復興を担い、高度経済成長を支える中心となった人々である。その屈折した複雑な心理を伴った歩みを、丹念に追跡したのが本書である。

 とりわけ興味深いのは、旧陸軍将校の親睦・相互扶助を目的にした偕行社、旧海軍の水交社、傷痍軍人会、軍人恩給復活のための軍恩連、遺族会、戦友会などの諸団体に組織された旧軍人の動向が、地方の組織などをもふくめて豊富な資料収集にもとづいて追跡されていることである。そこには、靖国神社国家護持や大東亜戦争肯定論などの右翼的イデオロギーと運動を先導する役割とともに、そうした動向に批判的な潮流の存在、旧陸士・海兵出身の高級幹部と下士官、兵士らとの矛盾、対立、悲惨な戦争の実態や中国などへの加害にたいしてどういう姿勢でのぞむかをめぐる葛藤と対立などが、将兵たちの複雑な心境にもそくしながら、ていねいに分析・紹介されている。戦後日本の背骨の役を担った人々の歩みに踏み込んだ貴重な研究といってよいであろう。

 とりわけ印象深いのは、近年、旧軍人の高齢化がすすみ、旧軍人の諸団体が存続できなくなってきていることである。それをやむを得ないと悟りつつも、やり場のないさみしさを口にせざるを得ない旧軍人の心情は、同情を禁じ得ない。同時に、旧軍人団体が、戦場の凄惨な実態や加害・犯罪行為を口止めし、仲間同士のうちうちにとじこめる実質的な縛りになっていたことも事実である。旧軍人団体の消滅、弱体化は、そうしたしばりから兵士たちを解き放ち、戦場の生々しい実態の証言へと道を開いたという指摘は、大切である。そのなかには、従軍慰婦問題にもかかわって、中国戦線で婦女暴行を繰り返したみずからの体験を語る兵士のことも、そのことに関してはだけ口を閉ざすのが多くの兵士たちの実情であることとともに、紹介されている。

 著者は元兵士たちの戦時・戦後体験の持つ歴史的意味を以下のようにのべる。「第一には、戦争という行為の悲惨さや虚しさを身をもって体験し、『帝国陸海軍』がいかに非人間的・非合理な組織であり、深い亀裂の入った分断された組織、つまり構成員間の一体感が欠如した組織であったかを知りぬいた多数の人々がこの社会の中に存在していたこと自体の重みである。すなわち、自衛隊という軍事組織を持ちながらも、相対的には軍事化の進展の低い社会を維持することができた重要な理由の一つは、兵士であった人々の軍隊観や戦争観が社会全体に浸透していったからだった」と。重い意味をもつ指摘である。(2020・4)