高島哲夫『首都感染』(講談社文庫)

 コロナウイルスによる自粛休業していない数少ない書店の平台にうず高く積まれていたので、つい購入してしまったが、時宜にかない中々よく書けた作品である。2010年に発表されているから、10年前ということになる。

 H5NI新型インフルエンザがサッカーのワールドカップ開催中の中国で発生、中国政府がひた隠しにしている間に感染が世界に広がっていくという設定は、今回の新形コロナウイルスにそっくりではないか? 感染者の半数が死亡するという強毒性で、世界で56億人が感染し22億人が亡くなったという想定だから文字通り恐ろしいウイルスである。ワールドカップは中国が初めての決勝進出でクライマックスを迎える。まさにその時、開催地の北京で患者発生が露見、決勝戦は急遽中止となり、選手はもとより何万というサポーターが帰国の途につく。感染の世界的拡散は必至である。

 このとき、日本の瀬戸崎総理と医師出身の高城厚生大臣は、総理の息子でWHOのメディカル・オフィサーを多年にわたって務めた経験を持つ主人公の瀬戸崎優司の提案をうけて、全世界に先駆けて日本の空港へのすべての中国機の着陸を拒否する措置をとる。そして、中国からの帰国者は空港で5日間拘束し、非感染が確認されてはじめて解放するという強権的な施策を断行する。優司は、WHOで感染対策の専門家として、アフリカなどでの感染症発生のたびに現地に飛び、地域の封鎖、感染者の隔離を徹底することで、感染拡大を防ぐ仕事に命懸けで従事してきた。そして、離婚した妻は、今もWHOで同じ仕事にたずさわり、優司とは連絡を取り合っている。

 日本が中国機の締め出しと帰国者の隔離で感染拡大をくいとめたことは、驚異的な英断として世界中で評価される。しかし、感染は防ぎきれず、首都東京に患者が発生する。優司たちは即座に首都を閉鎖して、患者の広がりを都内に抑え込むことで、全国への感染拡大を防ぐという断を下す。環状八号線を境に一切の交通機関、道路を閉鎖し、自衛隊、機動隊の総出動で、一人の脱出者をもださないようとりしまる。都内では患者が急増し、学校などにも設置した臨時病床はあふれ、医薬品、医療器具は底をつき、医師と看護師は疲労困憊の極に追い込まれる。死体の焼却が追いつかず、食品会社の冷凍庫を借りて臨時に詰め込む。全力でとりくむ抗ウイルスワクチンの完成か、封鎖の破綻・破滅への転落か、時間の勝負となる。

 ざっとこんなストーリーなのだが、読んでいてたえず頭に浮かぶのは、今回のコロナウイルスでの安倍政権の後手ごてと失態、判断ミスの連続との対比である。この作品に登場する首相、厚相、そして専門家の優司の判断と行動は、きわめて誠実で的確である。その特徴をあげると、以下の三点に集約することができよう。一つは、なんとしても国民の命を守り抜く、そのために必要なことはなんでもやるという使命感と責任感である。中国機の拒否にしても、習近平来日をひかえ必要な対応を遠慮していた安倍政権とは雲泥の差である。第二に、専門家との連携、その経験と英知の尊重である。総理や厚生大臣が感染対策専門家である優司の経験とノーハウに耳を傾け大胆に取り入れる姿勢は、当初専門家の意見も聞かずに次々に見当はずれな手を打った安倍政権とは対照的である。悪評高いアベノマスクはその象徴であろう。第三に、国民の理解と協力を得るためこの対策チームが徹する姿勢である。たとえ不都合なことであっても真実を隠さず語り、公にし、そのことによって国民の理解と信頼をかちとるという姿勢である。何週間もつづく封鎖に耐えられず、力で首都脱出をはかろうとする都民にたいして、なぜ封鎖が必要かをテレビで切々と訴える瀬戸崎総理の姿は、森友や桜を見る会で嘘とごまかしを繰り返してきた安倍首相のそれと際立った対照をなしている。

 感染拡大を抑え切った日本が世界から絶賛され、WHO事務局長がパンデミックの終息を宣言するところで、この作品は終わる。安倍首相らにも是非一読をすすめたい。(2020・5)