深緑野分『ベルリンは晴れているか』(筑摩書房)

 作者は1983年生まれ、『オーブランの少女』(東京創元社)でデビュー、他に『戦場のコックたち』(東京創元社)などの作品がある。まだ新人と言ってよいであろう。

 本作は、19455月にナチス・ドイツが連合国に無条件降伏し、ソ連、米英仏の4か国に分割占領された直後のベルリンを舞台にした本格ミステリーである。主人公アウグステ・ニッケルは17歳の少女で、侵攻したソ連軍兵士にレイプされながらもたまたま英語が話せることからアメリカ軍に雇われ、米軍人向けのレストランのウエイトレスをしている。この少女がある日、米軍に呼び出され、車でソ連の占領地域に連れていかれ、ソ連軍に引き渡される。そして、ソ連占領地域で起こったある変死事件について容疑者の一人としてNKDV(内部人民委員会)大尉のドブリギンの取り調べを受ける。変死事件というのは、クリストフ・ローレンツという男性が、朝、歯を磨こうとして練り歯磨きのチューブに混入されていた青酸カリで即死した事件で、故人の妻であるフレデリカの口から少女の名前が出されたという。

 アウグステの父はドイツ共産党員であった経歴の持ち主で、一家はもともとナチスから危険視されていた。アウグステがたまたま家の近くで射殺されたポーランド人の女性の傍で一人立ちつくしていた少女イーダを自宅に連れ帰り、一家でかくまうのだが、自宅では危険なので、地下組織をつうじてかくまってもらったのが、ローレンツ夫妻のもとであった。ゲシュタポの手はアウグステの父に及び、逮捕された父は殺され、危険を察知した母は自害する。ひとり残されたアウグステは、ローレンツ夫妻のもとに逃げ込み、保護される。その意味で、ローレンツ夫妻はアウグステの命の恩人ということになる。それなのになぜローレンツ殺害の嫌疑がアウグステにむけられるのか? 

 ようやく釈放されたアウグステは、ローレンツが死んだことを夫妻の甥であるエーリヒ・フォルストに知らせなければと、エーリヒの所在を捜しに、ポツダムに近いベーベルスベルクへとむかう。どういうわけか、ソ連NKDV大尉のドブリギンの指示で、アウグステの拘束と同じ日に窃盗犯で捕まっていた元俳優のファイビッシ・カフカが同行する。物語の筋書きは、色々といりくんでいてここではとても紹介できないが、とにかくエーリヒに巡り合ったアウグステは、ローレンツの死を告げる。しかし、たまたまこの時期、ポツダムでは米英仏ソの首脳が集まっていわゆるポツダム会談が行われている。ナチスの残党がこの会談出席者を襲う陰謀が計画されているとの風評がながれ、こともあろうにアウグステらがその一味とされて追及される。つかまればもちろん命はない。

 こんな奇想天外なストーリーには、かなり無理な作為が目立ち、ミステリーとしては決して出来の良い作品とは言えない。しかし、敗戦直後の廃墟と化したベルリンの騒然とした状況が大変リアルに詳細に描かれていて、読むものをひきつけずにおかない。それだけではない。物語のところどころに、「幕間」という章が設けられており、そこでアウグステとその一家が耐えてきた苦難の歴史が語られる。ナチスの台頭によって追い詰められ、孤立させられていく共産党とその支持者たちの生活や、隣人のユダヤ人たちが隔離され、強制収容所へ強制移送され、しばらくして死亡通知だけが届く様子などが、実にリアルに語られる。また、ナチス支配下のベルリンで、命懸けでユダヤ人をかくまう地下組織の活動やそれに携わる人々などについても語られる。連合国軍による連日の空爆で瓦礫の街と化し敗色濃厚となっていくベルリンでの市民たちのナチスに対する反感の広がりなどにも目を配っている。

 巻末には、参考にした多くの文献があげられているが、戦争を知らない世代の作者が戦時ドイツの状況をよくこれだけ克明に描き出せたものと、感服さられる。今後の活躍を期待したい作家である。(2020・6)