ジェフリー・アーチャー『レンブラントをとり返せ』(戸田裕之訳、新潮文庫)

 作者の超大作『クリフトン年代記』7巻が完結したのは、いまから3年程前である。貧しい港湾労働者の息子のクリフトンが、いろんな試練を乗り越えて成長し、裕福な家族の一員となりベストセラー作家として大成するまでをえがききったのが、この作品である。作中で、クリフトンを作家として成功させたのが、ウイリアム・ウオーウィックというロンドン警視庁の刑事を主人公にしたシリーズであった。

 作者によると、『クリフトン年代記』を読んだ読者から、作中の主人公ウイリアム・ウオーウィックについて、もっと知りたいという声が寄せられたという。そこで書かれたのが、本作である。2019年の刊行である。これが第一作で、つづいて作中作の主人公を主人公にして新たなシリーズを書き続けようというのである。アーチャーは1940年生まれだから、現在80歳、その旺盛な意欲と体力にまず感服せざるを得ない。作者の代表作ともいうべき大長編作が完結して、これでおわりとおもっていただけに、驚くほかない。

 ウオーウィックは、著名な弁護士の息子で、父親はオックスフォード大学をでて自分と同じ司法の道を歩むよう勧めるのだが、これを拒む。幼いころからの探偵好きと美術愛好が昂じてロンドン大学で美術を専攻、卒業と同時に、エリートコースをあえて捨てて警察学校に入ってロンドン警察の巡査になる。こうして、現場警察官として先輩警官に学びながら地域巡回などからたたきあげの訓練をつづける。ところが、たまたま目にしたレンブラントの画が贋作であることに気づいたことから、ロンドン警視庁で美術骨董捜査班を率いる警視長のホークスビーに引き抜かれ、美術骨董操作班の仕事につくことになる。大学で美術を専攻したことが役に立ったのである。

 そこで、稀代の大物名画窃盗犯を追い、レンブラントの名画を取り戻すために活躍することになる。盗作画は時々発見され、直接手を下した犯人はあがるのだが、その後ろに隠れていて指揮している本当の下手人はなかなか尻尾をださず、巧妙に逃げ隠れていて捕まえることができない。その眞犯人追跡が、本作の中心テーマである。同時にその過程でウオーウィックは、盗まれたレンブラントの画をもともと所蔵していた美術館の館員、ベス・レインズフォードと恋仲になる。そして、ベスの父が、えん罪の殺人罪で服役中であることを知り、その再審のために弁護士の父や姉の協力を得て奮闘する。盗まれたレンブラントの名画探しと、ベスの父親の冤罪はらしというふたつのテーマが交錯しながらすすむところに、この作品の魅力と特徴がある。

 アーチャーのこれまでの作品に比べて、軽妙でミステリ―タッチの展開がきわだっている。クライマックスは、二つの事件が法廷にもちこまれて裁判闘争になるところであろう。名画窃盗犯の巧妙なアリバイづくりをどう崩すか、殺人犯として刑の確定しているベスの父の無罪をどう証明するか? 二つの事件をめぐる攻防はスリリングでもありお面白い。