映画「華氏119」

 マイケル・ムーア監督の映画「華氏119」を観た。トランプ大統領を生んだ現在のアメリカ社会の一つの断面を知るには格好の作品である。

 冒頭、2016年11月9日(トランプ大統領が誕生した日)の前夜、80数パーセントの確率でクリントンの圧倒的勝利を予言する「ニューヨーク・タイムズ」やテレビキャスターの解説の映像が、当選を確信するクリントン本人の姿とともに映し出される。一方、トランプ陣営は誰一人、勝利するとは思ってもいない。そんな対照的な映像が、トランプ当選の意外性を際立たせている。いったい、アメリカ社会でなにがおこっているのか?その謎を解こうというのがこの映画である。

 ムーア監督自身はトランプ支持地域の取材をとおしてトランプの勝利を予想していたようだが、そこにはアメリカ社会を蝕む衝撃的な事態があった。トランプの先輩格の人物が市長に当選したある都市がとあげられる。そこでは、市長の発意で河川からあらたに引いた水道が水銀汚染されていて、子どもたちが深刻な被害をこうむっていた。にもかかわらず、市長は水の汚染を秘匿し、市民を欺き続ける。これがアメリカでおこっている事態を象徴的にしめしている。

 しかし、それは共和党にとどまらない。民主党員の黒人大統領オバマがこの都市を訪れる。市民は熱狂的に迎えオバマに事態の打開を期待するが、公衆のまえで水道水を飲んでみせるという見え透いたパフォーマンスだけで、市長と和気あいあいの会談をして去ったことに市民は唖然とし失望する。トランプの人種差別発言、セクハラ、移民への口汚い攻撃等々、およそ公職にふさわしくない言動などもリアルに映し出されるが、そんな男がクリントンという超エリートを破って当選する背景に、共和党にとどまらない民主党を含む既成政党への民衆の失望、不信の広がりがあったことを、この映画は痛烈に暴き出している。

 もう一つ特徴的なのは、トランプとヒトラーとの類似性を強調していることである。1930年代のはじめヒトラーが登場し、デマと大衆受けのする扇動で独裁者にのしあがっていく姿を記録映像で紹介しながら、トランプの言動をこれにだぶらせていく。多くの人がそんなことはあり得ないと信じていたにもかかわらず、それが現実になってく、その恐ろしさを警告しているのだ。一つ間違えば、核戦争が現実なる今日の世界におけるそんな危険の存在も、とりあげられている。

 ムーア監督はアメリカ社会のこの現実に絶望しているかと言うとそうではない。生活保護者並みの低賃金と劣悪な待遇の改善をもとめて立ち上がる教師たちのストライキとこれに連帯するタクシー運転手たちのたたかい、学校での銃乱射事件を機に全米にひろがった高校生たちデモ行進、既成の政治家にかわって自発的に立候補する女性たちなど、たたかうアメリカ社会がこの映画のもう一つの主題である。日本のマスコミではあまり目にすることのないアメリカ社会のもう一つ断面を知ることができるのは貴重である。ムーア監督が、アメリカでひろがるこのたたかいに未来への希望を見出していることは明らかだ。「行動をおこせ」、これがこの映画のメッセージである。