司馬遼太郎『竜馬がゆく』(文春文庫全8冊)

 作者の代表作中の代表作であり、おそらくもっとも広く読まれているのではなかろうか。あまりにも有名なのと、『坂の上の雲』で維新後の明治政権による朝鮮侵略、植民地化に目をつむって日露戦争とそれを契機とする軍国主義大国化を一方的に美化したいわゆる司馬史観への反発から、これまで目を通さずに来た。たまたま幕末の長岡藩の家老、河井継之助を描いた『峠』を読んだのを機に、司馬への認識を新たにしてこの作品に挑戦することにし、年末から読み進んでこのほど読了した。竜馬という風雲児を通して幕末日本の激動の歴史の全体像を描き出した一大傑作である、というのがなによりの感想である。この作品については、これまですでに語りつくされてきているとおもうので、いくつか心に残った事を書きとめるにとどめたい。

 一つは、幕末から維新にかけて活躍した多くの志士のなかで竜馬という人物が頭一つ抜きんでていたということ、そして竜馬のそんな資質がどこから生まれたのかということを納得させられたということである。3点あげておく。第一に、薩摩の西郷や、長州の桂、高杉にしろ、土佐の他の勤王志士にせよ、まして島津、毛利、山之内などの藩主はもとより、それぞれ多かれ少なかれ自分の藩にわくにとらわれていたのにたいして、竜馬は幕府や藩を超越し、欧米列強の進出、圧力からどう日本を守り、日本をどう生き延びさせるかという立場に徹し、そこに力を集中したことである。第二に、有名な「船中八策」にみるように、大政奉還をとなえただけでなく、そのあとどのような政権をつくるかの明確なビジョンを持っていたことである。そこでは、上下議院の設置とそれによる民主的な政権運営をも展望していた。竜馬のこの見地は、後の自由民権運動にもつながっていく。これも他の志士には見られなかった点である。第三に、勤王にせよ佐幕にせよ幕末の志士たちの活躍が、藩をバックにするか、あるいは脱藩した志士の場合多かれ少なかれ一匹狼の獅子奮迅だったのにたいして、竜馬は土佐藩を脱藩して組織的なバックボーンを欠くなかで、亀山社中海援隊という株式会社組織をつくり、海外貿易事業と海軍の建設によって経済的軍事的実力を築いてその力によって自らの思想、主張を推進するという、当時としては他の追随を許さない傑出した発想の持ち主だったことである。

 ではなぜ竜馬はそのような独特の才にめぐまれたのか? これは、土俗の長曾我部一族のうえに家康によって封じられた山之内家が君臨した土佐藩では、竜馬の家は長曾我部の系譜に属する郷士として、山之内配下の上士とは画然と差別され、この藩にいるかぎりいかなる出世もありえなかったこと、そのため、竜馬は藩にはいかなる未練も執着もなく、それどころか藩を離れてこそみずからの才能を生かす道が開ける立場にあったという事情があった。そのうえ、郷士とはいえ武士である竜馬の家は、どういういわれか大きな商家の分家であって、他の武士と違って商売や実利と直接接点をもっていた。竜馬が他の志士たちが思いもよらぬ通商や海運、貿易に特別な関心をいだいた背景には、こうし家庭の特殊性もあったのである。同時に見過ごせないのは、竜馬は幕吏でありながら国際的な見識と将来展をもっていた勝海舟に師事したり、横井小楠など優れた知識人に学び、当時としては最良の見識を身に着けていたことである。それを可能にした竜馬の人に愛される性格があったことも忘れてはならない。本作では、これらのことが丹念な史料収集にもとづいて生き生きと説得的に描き出されている。

 次に記しておきたいのは、竜馬をとりまく多くの人々の人間像が、実にリアルに浮き彫りにされていることである。なかでも幕府に将来のないことを見通しながら、幕府の官僚として海軍の創設などにとりくみ外圧とたたかう勝海舟は、傑出した人物として魅力的である。また、竜馬とともに暗殺される中岡慎太郎や、後の陸奥宗光らの描写も、それぞれなるほどと感心させられる。

 もう一つ、この作品で見落とせないのは、竜馬をとりまく女性たちがそれぞれ独特の魅力をもっていることである。5尺8寸もの大女で剣道の達人、母親がわりになって竜馬を育て教育した姉の乙女、江戸の千葉道場の娘で竜馬とともに剣道の道に励み、のちに竜馬の許嫁を自称したさな子、京都伏見の船宿寺田屋の女将で、姉御のように竜馬を愛しんだお登勢、そして、竜馬が刺客に襲われたさい入浴中の全裸の姿で危急を知らせた、後の妻おりょうなどである。いずれも、当時の女性にはめずらしく気っぷのよい男勝りの人物ばかりである。竜馬好みの女性たちだが、やはり激動の時代を生きた女性にみられる一つの共通タイプといえよう。これらの女性たちの存在が、この作品の欠かせない魅力の一つになっているのは間違いない。(2019・1)