ジェフリー・アーチャー『ロスノフスキ―家の娘』(上下、ハーバーコリンズ・ジャパン、2023・4)

  本作は、初版が1982年に出ているが、著者が手を加えて2017年に改訂版が出版され、その翻訳がさきごろあらためて刊行された。作者には、『ケインとアベル』という代表作があり、この作品はその続編、ないし姉妹編ということになる。そのため初めに『ケインとアベル』について簡単にのべておかないわけにいかかない。

同作は、ドイツ、ソ連の圧迫から逃れてアメリカに渡り、給仕見習いから身をおこしてホテル王にのしあがるポーランドの貧しい家庭出身のアベル・クロノフスキーと、アメリカの名門一族の経営する銀行の跡取り息子のウィリアム・ケインとの物語である。大変な苦労を重ねて成功するアベルと名門のケインという照的な二人は、利害の対立から宿敵となって生涯にわたって確執を演じる。その一方のアベルの娘が本作の主人公・フロレンチィナであり、その恋人であり夫となるリチャードはケインの息子である。

 フロレンティナは、バロングループという企業チェーンを率いる父のもとで、イギリス人の名門貴族出身の傑出した教育者の女性が家庭教師となって、知的にも情操のうえでも一流の素養を身につけ、生まれながらの秀でた才能と美貌を存分に花開かせるすばらしい女性に成長してゆく。11歳の時に自分の将来について、アメリカ初の女性大統領になる夢を語っている。彼女は、学校の成績も抜群で、後にハーバード大学と合体するラドクリフ女子大を抜群の成績で卒業する。このフロレンティナが、見初められ恋に落ちる相手が、父の宿敵であるケインの息子、リチャードである。この青年もハーバード大学出身の秀才で、経営能力も抜群である。二人はたちまちのうちに、相手を生涯の伴侶にと固い契りをかわし、何人もその間を裂くことは不可能となる。

 しかし、アベル・クロノフスキーもウィリアム・ケインも、二人の結婚を絶対に認めようとしない。当然のように、親子断絶、二人は勘当された状態で所帯を持つ。フロレンティナは、たまたま始めたファッション店が成功し、チェーン店として成長させていく。リチャードも就職した銀行でその才能を高く評価され順調に出世していく。このあたりは、作者アーチャー得意の若者の成功物語である。曲折を経て二人はやがて両親と和解、フロレンティナは、バロングループを引き継ぎ、リチャードも父の銀行の頭取となる。つづいてフロレンティナは、シカゴを基盤に下院議員に当選、さらに上院議員となり、政治家として実績を重ねていく。そして、ついに大統領選挙へ出馬、アメリカ初の女性大統領を目指す。

 作品の後半は、激しい選挙戦を勝ち抜いてアメリカの政界でのしあがっていくフロレンティナと彼女をバックアップするリチャードや幼ななじみのエドワードらの波乱万丈な物語である。そこでは、アメリカの独特の選挙制度とそのもとで戦われる選挙戦の手に汗を握るような展開が実にリアルに描き出され、読む者を強くひきつけずにおかない。大統領候補を決める民主党予備選挙では、フロレンティナは有利に戦いすすめ、党大会で民主党の大統領候補に指名されるはずだったが、相手陣営の卑劣な策略にからめとられて、僅差で敗北、副大統領に就任する。はたして、彼女はアメリカ大統領になれるであろうか? いまから40年も前に、アメリカでの女性大統領誕生をテーマにしたこんな作品が書かれていたことは驚くほかはない。

 作者アーチャーは、オックスフォード大学を卒業、29歳で史上最年少の庶民院議員に当選するが詐欺事件で全財産を失い、一転して小説家になる。その出世作が最初に紹介した『ケインとアベル』である。アーチャーは、その後ロンドン市長選挙に立候補したものの、スキャンダルによって裁判で実刑判決を受けて服役すなど、誠に波乱に富んだ経歴の持ち主である。今年83歳でなお健筆をふるっている。(2023・11)