石黒浩著『ロボットと人間―人とは何か』(岩波新書、2021・11)

 日本はロボット工学で世界の最先端を行くという。その日本におけるロボット工学の第一人者が書いたのが本書である。著者は大阪大学の基礎工学の教授である。ロボットの研究・開発がどこまですすんでいるかを具体的に紹介するとともに、人間に近いロボットの研究・開発をつうじて、人間とは何か、人間と社会の未来はどうなるかを考えるところに、本書のユニークな特色がある。まったくの門外漢にとっても、知的興味を大いにそそられる著作である。

 人間型ロボットは、知能を持ち、人間の言うことを理解するだけではなく、対話をし、求められた作業を手足、体を使ってやり遂げなければならない。対話一つとっても、声をだすだけでなく、同時に唇が動き、目の表情がかわり、体の動きも伴わなければ、人間というわけにいかない。対話は継続してこそ対話である。どうしたら会話は続けられるのか? そもそも対話とは何か、と解決を迫られる問題はつぎつぎに出てくる。突き詰めていけば、そもそも人間とは何かにまで行きつく。人間は脳の機能をはじめ無限に複雑な構造をもっている。分析的にはとてもすべての謎を解いてロボットをつくるわけにいかない、多くの未知の部分を残しながら、直感やひらめきもまじえてロボットを完成させ、そのロボットの活動をつうじて、逆に人間とはなにか理解をふかめ、認識を新たにする、ロボットと人間のそんな関係、関わり合いを、著者は人間型ロボットの研究・開発にたずさわりながら解き明かしてくれる。

 人間は、意欲をもち意図をもつ、すなわち自立性を持つ、意識、心をもつ。これらをどのように理解し、ロボットで実現するのか? 著者は自ら開発したアンドロイド・エリカをつうじて、読者に示す。「エリカは常に対話者の表情や発話パターンを認識しており、それらにもとづいて、対話者が好意的に反応しているかどうかを判断している。そして、自分の気分も、観察者から推定される相手の気分のどちらも、高まっており、自分の相手に対する好感度も、観察者から推定される、相手の自分にたいする好感度も高いと予測されると、エリカは、より個人的な話題を提案するようになる」という。こうして、自立性をもち、心を持つとみなされるロボットは、演劇の舞台で、生きた俳優の相手をして、観客を感動させることもできる。また、会話ロボットは自閉症の子どもの相手をすることによって、自閉症の治療に有効な働きをするという。

 ロボット工学に進化は、人類の進歩とはなにか、という問いにもつながる。著者によれば、「人間は動物と異なり、その進化には二つの手段がある。一つは他の動物と同様に、遺伝子を用いた生物的進化である。もう一つは、技術である」という。人間は技術によって空間を超え、時間を超え、宇宙にまで足を伸ばし、その進歩は途方もなく広がっていく。人間は、もともと無機物から生まれた。無機物から有機物が生まれ、そこから生物が生まれ、生物進化の結果人類が生まれた。そして人類は、技術の進歩によって、ふたたび無機物の世界を広げていく。腕や足の代わりに動力が発達し、人口の知能から人口の足や手もできる。脳による精神活動の領域もどんどん人口知能によって置き換えられる。人間型ロボットの発達はその未来をさらに大きく広げる。こうして、人間世界は有機物から無機物へともどっていくという。「<人間という有機物の体は、物質の進化(知能化)を加速させるための、一時的な手段にすぎない」>のではないかと考えられる」というのが著者の結論的仮説である。地球の誕生から有機物、生命の発生、人類の歴史の未来という壮大な歴史を総括する新しい世界観の提唱であり、大変興味深いが、これだけは賛成しかねる。人間の本質はやはり有機体であって、技術の進歩によって無機的世界の広がりがどこまで行ったとしても人間を無機物に解消しえないと思うからである。(2022・1)