赤神 諒『仁王の本願』(KADOKAWA、202112)

 「朝日」の書評欄で紹介されていたので、読んでみた。作者は、1972年生まれの大学教授で法学博士、弁護士である。『大友二階崩れ』で日経小説大賞を受賞して作家デビューしたひとで、他に『大友の聖将』『太陽の門』などの作品がある。

 親鸞のおこした浄土真宗一向宗が中世の戦国の世、戦乱に苦しむ農民の間にひろがり、各地に一向一揆がおこる。北陸にひろがった加賀の一向一揆は、特定の領主のいない民の国を実現し、約百年にわたって民が支配する共和国を存続させた。この作品は、この加賀一向一揆が、上杉、朝倉、織田などの列強の外圧とたたかいつつ内部の腐敗などもあって崩壊していく時期をえがいている。主人公は、仁王の異名でよばれる仏将・坊官の杉浦玄任である。

 本願寺総本山の阿弥陀如来の像の膝の上に生まれたばかりの血まみれになった赤子が、傍らに横たわる殺害された母とともに発見される。これが、のちに加賀一向一揆を守る稀有の仏将・杉浦玄任である。出生もわからず身寄りもない孤児として本願寺で育てられる玄任は、発見されたときに手に梵字を刻んだ虎眼石を握っていたという。これが玄仁の身元に繋がる唯一の証である。玄仁は、本願寺下間頼照という法橋、仏教の指導者のもとで、信心深い仏徒として育つ。同時に、純粋でこころやさしく、また屈強な首の太い大男で武芸に長じ、周囲から尊敬を集める若者になる。そして、越前・朝倉勢に武力で脅かされる一向一揆の加賀へ派遣される。越前との緒戦で手痛い敗北を喫する玄仁は、加賀衆の衆議で謹慎を命じられるが、東に上杉勢、南に織田勢が迫るなかで、加賀の民の国をどう守るかに腐心し、謹慎が解けるとともに対応策に心血をそそぐ。

 上杉勢の攻勢を食い止めた玄任が到達した結論は、越前・朝倉との和平、連携である。それまで仏敵としてきた越前との和解は、一揆内でなかなか賛同を得難く、一揆内の様々な思惑や利害の対立とも重なって、玄仁は苦労する。そんななかで玄任のまえにたちはだかるのが、おなじ坊官、加賀で一ばんの勢力をもつ七里頼周である。信心など毛頭なく、私利私欲による政略と策謀で他を追い落として成り上がってきた男である。愛する妻を殺された玄任は、越前との和解のためまだ幼い最愛の息子の又五郎を人質としてさしだす。母に死なれた又五郎は、一人越前に赴く。

 やがて越前の状況が変わり、加賀は一向宗の旗を掲げて越前に攻め込み、越前に一揆を広げ、加賀についで越前に民の国をつくる。玄任は、任じた越前大野に模範的な民の国を作るために奮闘する。しかし、時代は織田信長の世に移っていく。織田の矛先が本願寺加賀一向一揆勢にむけられていく。織田優勢に越前内の各宗派、各勢力の中から離反、造反が相次ぎ、一揆勢は次第に細っていく。越前の応援にきていた七里頼周なども早くも織田に内通し、越前一機を見限っていく。滅亡必至になる越前一揆をまもるために、玄任は最後の最後まで獅子奮迅の働きをする。強大な織田軍に蹴散らかされた越前一揆軍は全滅し、越前一揆は滅び去るが、玄任は奇跡的にも生き延びる。しかし、彼を待っていた運命は?

 こんな筋建てなのだが、短い章立ての文章にたんたんと感情をこめずに事実をつらねていくという文体で、独特のさびた世界を繰り上げていく。この作家の才能であろう。杉浦玄任というのは、実在した人物のようである。加賀一向一揆を本格的に描いた作品は他に存在しないだろうから、貴重な労作と言えよう。なにをおいても「民の国」をも守らなければという玄任の固い信念こそ、この作品をつらぬく太い糸である。(2022・2)