夏川草介『レッドゾーン』(小学館、2022・9)

 作者は、1978年生まれの医師(消化器内科)で、医療現場をテーマにした『神様のカルテ』シリーズ知られる。このシリーズを読んでいたので、コロナ禍の病院を舞台にした本作も発売後すぐに読みたかった。しかし、貸し出しを申し込んだ図書館はすでに予約が数十人もおって、半年もへてようやく手にすることが出来た。予想にたがわず、コロナ・ウィルス感染者がひろがるなかで、これと格闘する医師、看護師らの奮闘をまさに現場の医師ならではの鋭い目でリアルに生きいきと描き出している。

 「レッドゾーン」「パンデミック」「ロックダウン」の3編からなるシリーズで、コロナの発生から、政府による緊急事態宣言布告に至るまでの数か月間に焦点が当てられている。舞台は長野県の田舎にある公立の小さな信濃山病院。令和2年2月、横浜港に着岸した大型クルーズ客船の乗客にコロナ患者が発生、患者はたちまちのうちにひろがり、横浜周辺の病院で収容できなくなった患者の受け入れを要請される。院長の南郷、内科医長の三笠は直ちに受け入れを了承、三笠を責任者に消化器内科の敷島と腎臓専門の日進、管理職でベテランの看護師1名でコロナ対策チームが結成される。肥満の巨体で毒舌と皮肉屋で知られる日進は、最初コロナ患者の受け入れそのものに反対したが、いったん任務に就くと黙々と課題をこなす。

    最初の受け入れはクルーズの患者2名だが、まず、患者の隔離室、つぎに疑似患者や要検査の人たちを収容する部屋の急増、その各々と一般病棟を仕切るレッドゾーン、イエローゾーンの設置から始まる。担当者がそこに入るには、靴下を履き替え、手袋をつけ、使い捨てのキャップ、N95というマスクを装着、さらにタイペックと呼ばれる足首から頭の先まですっぽり覆うつなぎのような白い防護福を着用、チャックを締め、シールで留めた後二重になるよう、もう一つの手袋をつける。隔離病棟の収容人員は6人だが、コロナに効く薬もなく、手当の方法もわからない。しかも収容した患者のうち一人が重体になり、この病院の手には負えないと判断され、特別仕立ての車で二時間かけて施設のあるセンター病院に移送する。日を追って患者は増え、要検査の発熱者の外来は殺到するようになっていく。

 担当医は、本来なら呼吸専門の内科医が当たるべきだが、呼吸器内科医のいないこの病院では、専門外の医師がそれぞれ専門の分野で入院、外来患者の診察に当たりながら、時間を作り超過勤務をいとわずに、コロナ患者と疑似患者の診察に当たる。当初は、ワクチンなど期待できないばかりか、PCR検査でさえ、その施設のある東京の病院に送って判定がくるまでに4日もかかるという状況である。患者やの広がりとともに、当初は除外していた高齢の医師や若い子持ちの女医も、さらにまったく畑違いの外科医の協力も必要になってくる。

 コロナ患者受け入れは対外的には極秘とされ、院内にも周辺住民にも知らされないが、いつしかうわさが広がり、医師の家族やこどもが、風評被害にあったり、コロナ担当医と毎日接する妻や子どもとの関係がギクシャクしたりするといったことも起こってくる。

    コロナ感染の爆発的な広がりとともに、小さな病院での受け入れ能力の限度を超えていることが次第にはっきりしてくる。しかし、地域の他の病院、医療施設で、患者受け入れに動く気配はさらさらにない。むしろあれこれ理由をたてて、受け入れないまま感染流行の収束を待つという姿勢があらわで、そうした状況に対する信濃山病院の医師、職員らの不信、憤りも広がっていく。地域の医療機関が協力してコロナに対決する状況をどうやって作りだすか、院長の南郷や内科医長の三笠の肩には重い課題がのしかかってくる。

 過労と緊張の極限のなかで、医師の使命とは何か、なぜこれほどの危険と激務に耐えなければならないのか、といった医療の根幹にかかわる問題も浮き上がってくる。家族に秘匿していた敷島医師は、幼い娘から「お父ちゃんはお医者さんなのに、コロナの人を助けてあげなくていいの?」という問いかけに、衝撃を受ける。コロナ問題と医療に関心のある人にとって、学ぶところの多い一冊である。(2023・3)