高度経済成長とバブルの時代を背景に、あくことなき儲けの追求で金と欲とに翻弄され、結果としてそのつけを払わせられることになる男女の憐れで悲惨ななりゆきをリアルに描き出している。『サンデー毎日』に連載(2021~22)された作品である。
伊東水矢子と小島佳那は、1986年、萬三証券株式会社・福岡支店に同期で入社する。水矢子は高卒で、お茶くみやコピーとりをもっぱらとするいわゆる雑用係の事務員である。母子家庭で育つが、アルコール中毒の母親から一刻も早く離れたいと考えている。会社に未練はなく、給料を貯めて東京の大学に進学するつもりである。一方、佳那の方は、地元の短大を出ていて美貌、頭もよく営業第一課のフロントレディに配属される。男性社員と伍して力と能力を発揮したいと考えている。しっくりいかない両親と離れて、東京に出て独り立ちしたいとの思いも抱く。こういう境遇の二人が特別に親しい関係になったのは、女性社員と言えば地元の名門女子大出のお嬢さんばかりで、結婚相手をもとめて退職する人の多い職場で両人とも浮き上がった存在であったことからも、いわば当然のなりゆきだった。
ここにもう一人、望月という男性社員がからむ。望月は、地元の名もない私立大卒で一見粗暴でマイペース、服装もダサく、見栄えがしない。上司や他の社員からもさげすまれる存在である。しかし、何としても実績をあげて、みんなを見返してやると、野心満々である。折しも、土地も株も上昇をつづけるという当時の日本で証券業界は活気に満ちている。社員たちは厳しいノルマを科され、相場が始まると電話が鳴り響き、がなり声が飛び交い、はっぱをかける課長の罵声が飛ぶ。フロアはまるで戦場のような興奮に支配される。完全な男社会で、佳那のような女性でも出る幕がないといった状況である。こんななかで、ひょんなことから水矢子、佳那と望月が親しくなる。望月は佳那の姉の元恋人の医師、須藤に接近し、須藤の女癖の悪さに付け込んで、脅迫まがいの手口で一億円の融資をかちとる。これが機縁となって望月は次々に実績をあげ、社内のトップスターに浮上する。望月は、佳那にプロポーズして結婚、成績優秀で東京の本社の国際部に栄転する。加奈は会社を辞め、東京の私立女子大に入学した水矢子とともに、東京に居を移す。志望校ではない大学への入学に失望する水矢子が、先行きに悩む一方、望月は手段を択ばぬあこぎな手口で巨額な投資家を獲得し、豪勢なマンションを銀座に購入するなど、生活ぶりも急変、佳那もそれにつられるように、贅沢を満喫する。しかし、望月の顧客の中には九州のやくざの親分もいて、一抹の不安を禁じ得ない。水矢子は、先行きにあれこれ迷って、たまたま相談した女性の占い師に誘われて、その占い師の助手になる。相場占いのため、水矢子は望月とのつながりで相場師を占い師に紹介するなど、旧同僚との関係を利用したりもする。
突然、バブルの終焉が襲う。株価は暴落し、望月のすすめで何億もの融資をおこなっていた顧客が次々に大損をし、望月はその責任を追及される。望月を恨む顧客の中には例のやくざの親分もいる。望月をとりまく環境は一挙に急転し、望月と佳奈はならくの底に突き落とされることになる。投資に失敗した占い師からは水矢子も恨まれ、責任を追及される。占い師の助手を続けることが出来なくなった水矢子は、株で貯めた少しばかりの貯金を頼りに、転居し自立を試みるが、そこへ母が多額の借金を残して亡くなったとの知らせが届く。水矢子の肩に母の借金の返済がのしかかってくる。プロローグとエピソードは、コロナで職も失い、住居も失った水矢子が、ホームレスとなって東京の井之頭公園で佳奈の亡霊と再会する場面である。(2023・8)