北杜夫『白きたおやかな嶺』他(全集3巻、新潮社)

 1965年、京都府立大山岳会がヒマラヤ山脈に連なる未踏峰だったカラコルム山脈中のディラン(標高7273メートル)に挑戦する。ディランは、それ以前にイギリス隊、ドイツ隊などが登攀を試みているが、いずれも失敗している。一見、氷河の先にそびえ白雪におおわれたやさしい山の印象を与えるが、氷河自体がクレパスだらけで雪崩が絶えない。そのうえ高度が上がるにつれて天候が急変し、山頂近くでは猛烈な吹雪に見舞われる。日本隊も、山頂直下まで迫るが、登頂をあきらめてひき返している。この登山隊の登攀記録をもとに記録文学として仕上げたのが、この作品である。

 作者がこの登山隊に参加したのは、ドクターとしてである。海外遠征登山隊に欠かせない医師がみつからず、たまたま隊長が松本高校出身者で、同じ高校の後輩である作者に声がかかったのである。作者自身、松本高校へ進んだのは北アルプスに魅せられたからであり、山好きはもともとだが、本格的な登山の訓練を経験しているわけではない。だから、本人はベースキャンプから一つ上のC1キャンプまでしか登っていないのだが、隊の記録をもとに作品をしあげたようだ。作者のユーモラスな性格も幸いして、厳しい登攀記だが、たのしくついひきこまれてゆく読み物となっている。

 物語は明快である。先発隊がパキスタンのカラチでの資材の購入、運搬の準備・手配、パキスタン政府から登山許可を得る交渉などからはじまって、本隊を迎えて、地元民のポータを組織し、氷河の下までジープで現地に入る。そして、ディランを仰ぎ見る氷河の真下にベースキャンプを設置し、C1、C2、C3、C4と高度を上げながらキャンプを追加、荷揚げする。最後に登攀隊がAT(アタックキャンプ)で一泊して、未踏の頂上をめざす。隊長、副隊長以下、ドクターにいたる隊員たちの一糸乱れぬ行動とユーモラスな会話、これがなによりの魅力である。同時に、言葉の通じぬ現地ポーターやコックとのぎくしゃくを含みながらの交流と友情も、この作品の大きな特徴をなしている。そこには、登山隊に同行するパキスタン軍中尉と隊員たちとの親交も加わる。

 そして、クライマックスは、最後の頂上アタック、手に汗を握るスリリングな場面である。標高7000メートルを超え、酸素が極端に薄くなったなかで、急変する天候をまえにピバーグを強いられ、翌朝、山頂を目指して最後の力をふりしぼるシーンは、やはり山岳文学ならではの迫力である。作品が書かれてから半世紀以上を経ているが、今まさに登攀しているかのような臨場感がある。なお、ディラン登攀は、3年後の1968年にオーストラリア隊が成し遂げている。

 全集のこの巻には、ほかに、敗残者のような人生を送りパチンコでも負け続ける中年男性の奮起などをえがいた「3人の小市民」、屋根裏部屋で忍者ごっこに興じる子どもたちを題材にした「天井裏の子どもたち」、作者の父、斎藤茂吉の死をめぐって、作者と父とのなかなかややこしい関係を含む思い出をつづった「死」、さらに、作者の母らしい老いた孤高の女性が登場する「静謐」などの作品が収められている。作者の父は、著名な歌人斎藤茂吉である。高校生時代に父の歌集に初めて接して、父を崇拝するにいたりながら、実際に接する父の頑固でわがまま、独善的なありようにへきえきする作者の心情には、なるほどと妙な納得をさせられる。(2020・7)

 

深緑野分『ベルリンは晴れているか』(筑摩書房)

 作者は1983年生まれ、『オーブランの少女』(東京創元社)でデビュー、他に『戦場のコックたち』(東京創元社)などの作品がある。まだ新人と言ってよいであろう。

 本作は、19455月にナチス・ドイツが連合国に無条件降伏し、ソ連、米英仏の4か国に分割占領された直後のベルリンを舞台にした本格ミステリーである。主人公アウグステ・ニッケルは17歳の少女で、侵攻したソ連軍兵士にレイプされながらもたまたま英語が話せることからアメリカ軍に雇われ、米軍人向けのレストランのウエイトレスをしている。この少女がある日、米軍に呼び出され、車でソ連の占領地域に連れていかれ、ソ連軍に引き渡される。そして、ソ連占領地域で起こったある変死事件について容疑者の一人としてNKDV(内部人民委員会)大尉のドブリギンの取り調べを受ける。変死事件というのは、クリストフ・ローレンツという男性が、朝、歯を磨こうとして練り歯磨きのチューブに混入されていた青酸カリで即死した事件で、故人の妻であるフレデリカの口から少女の名前が出されたという。

 アウグステの父はドイツ共産党員であった経歴の持ち主で、一家はもともとナチスから危険視されていた。アウグステがたまたま家の近くで射殺されたポーランド人の女性の傍で一人立ちつくしていた少女イーダを自宅に連れ帰り、一家でかくまうのだが、自宅では危険なので、地下組織をつうじてかくまってもらったのが、ローレンツ夫妻のもとであった。ゲシュタポの手はアウグステの父に及び、逮捕された父は殺され、危険を察知した母は自害する。ひとり残されたアウグステは、ローレンツ夫妻のもとに逃げ込み、保護される。その意味で、ローレンツ夫妻はアウグステの命の恩人ということになる。それなのになぜローレンツ殺害の嫌疑がアウグステにむけられるのか? 

 ようやく釈放されたアウグステは、ローレンツが死んだことを夫妻の甥であるエーリヒ・フォルストに知らせなければと、エーリヒの所在を捜しに、ポツダムに近いベーベルスベルクへとむかう。どういうわけか、ソ連NKDV大尉のドブリギンの指示で、アウグステの拘束と同じ日に窃盗犯で捕まっていた元俳優のファイビッシ・カフカが同行する。物語の筋書きは、色々といりくんでいてここではとても紹介できないが、とにかくエーリヒに巡り合ったアウグステは、ローレンツの死を告げる。しかし、たまたまこの時期、ポツダムでは米英仏ソの首脳が集まっていわゆるポツダム会談が行われている。ナチスの残党がこの会談出席者を襲う陰謀が計画されているとの風評がながれ、こともあろうにアウグステらがその一味とされて追及される。つかまればもちろん命はない。

 こんな奇想天外なストーリーには、かなり無理な作為が目立ち、ミステリーとしては決して出来の良い作品とは言えない。しかし、敗戦直後の廃墟と化したベルリンの騒然とした状況が大変リアルに詳細に描かれていて、読むものをひきつけずにおかない。それだけではない。物語のところどころに、「幕間」という章が設けられており、そこでアウグステとその一家が耐えてきた苦難の歴史が語られる。ナチスの台頭によって追い詰められ、孤立させられていく共産党とその支持者たちの生活や、隣人のユダヤ人たちが隔離され、強制収容所へ強制移送され、しばらくして死亡通知だけが届く様子などが、実にリアルに語られる。また、ナチス支配下のベルリンで、命懸けでユダヤ人をかくまう地下組織の活動やそれに携わる人々などについても語られる。連合国軍による連日の空爆で瓦礫の街と化し敗色濃厚となっていくベルリンでの市民たちのナチスに対する反感の広がりなどにも目を配っている。

 巻末には、参考にした多くの文献があげられているが、戦争を知らない世代の作者が戦時ドイツの状況をよくこれだけ克明に描き出せたものと、感服さられる。今後の活躍を期待したい作家である。(2020・6)

 

北杜夫『夜と霧の隅で』他(全集第2巻、新潮社、1977年)

 同じ作家の代表作である『楡家の人々』にとりくむ機会があったので、作者の出世作芥川賞を受賞したこの作品も読んでみようという気になった。1960年に発表されている。精神科医でもあった作者が全集の「年報9」に記しているが、「この題材は精神科医としての私が一度は書かなければならぬものであった」という。というのは、この作品はナチス支配下のドイツの精神病院を舞台に、精神障害者にたいする断種から安死術、さらに集団で強制収容所に送り込んで抹殺するというおぞましい犯罪現場で、犠牲になっていく患者たちとむきあう精神科医たちを描いているからである。

 ナチスは、1939年末に、精神病患者に対する最初の安死術をおこなった。これは内外から厳しい非難を受けたため、ひとたび中止されたが、1941年になってベルリンで秘密の専門家会議がひらかれ、長期療養または不治の精神病患者を極秘のうちに処置することがきめられ、各地の精神病院から多くの患者が隠密のうちに連れ去られるようになるのである。この問題は、ナチスによるアウシュビッツ強制収容所などでのユダヤ人、共産主義者やジプシーの大量虐殺とくらべて、研究の面でも文献がすくなく文学作品などでとりあげられることもほとんどないまま見過ごされてきたと、作者は言う。その後約半世紀をへているので、今日、事態は変化しているであろうが、基本的なところでは作者の指摘は変わっていないといえよう。それだけに、この題材に正面からとりくんだ作者の医師としての姿勢に敬意を表さずにおれない。政治・思想問題を正面にすえたという点で、作者の作品としては異例であるばかりか、執筆にあたってはずいぶん苦労したようである。

 舞台となっているドイツの州立病院では、多くの統合失調症の患者をかかえて、医師たちの忍耐強い努力が続けられている。ナチスの決定を伝えられて、院長は病に倒れ、抗議も反対もできない医師たちは、それぞれのやりかたで患者たちが連れ去られる日をむかえる。臨床より研究を重視してきたある医師は、その姿勢を一変させ、不治の患者たちにこれまでの療法をより徹底して試みることによって、万一の回復にかけ、ある女性の医師は、昼休みも惜しんで長期療養の女性患者によりそうなど。もちろん、ナチスの措置に賛同の意をあらわにする医師もいないわけではない。この病院に、たまたま高島という日本人医師が入院している。ドイツへ留学中に結婚した相手がユダヤ人だったために、強制収容される。日本人の妻であると訴えて奪還を当局にせまるなかで、精神に異常をきたして入院しているのだ。妻の安否をなによりも気遣う高島にたいして、この女性が高島のいない自宅で自死したことを、医師は高島にどう伝えるか悩む。

 作者は一人ひとりの医師たちの内面に入り込むことをしないで、その行動を淡々と描いていくのだが、そのことによって不治の病に苦しむ患者たちにたいする医師たちの人間的な苦悩が読む人に伝わってくる。昨今の神奈川の精神障碍者施設での集団殺人事件のように、ナチス張りの優生思想が若者の一部をとらえる現実を前にして、このような作品がもっともっと評価され、読まれるに値することを強く主張したい。

なお、この全集2巻には、ほかに、サケマス漁船にのりこむ少年を描いた「はるかな国、遠い国」等、他に10編の短編が収められている。いずれも、作者の多面的な顔をのぞかせてくれ、興味深い。(2020・6)

 

小松左京『復活の日』(角川文庫)

 コロナウイルスで緊急事態宣言が出されたのを機に、カミユ『ペスト』、スティー

ン・ジョンソン『感染地図』、高橋哲夫『首都感染』と、感染病の流行をテーマにした

品を読んできた。その締めくくりでこの小説に挑戦した。1964年に発表された作

品だから、もう古典といってよいであろう。『日本沈没』とともに作者の代表作であ

る。

 舞台は、第二次大戦が終結して間もないころ、米ソの対立を軸に核軍拡競争によって世界は核戦争による破滅の危険にさらされていた。1962年におこったキューバ危機では、ソ連によるキューバへのミサイル配備をめぐってあわや米ソの核戦争勃発という切迫した事態が現実におこったのである。こうした時代背景のもとに、この作品は、悪性の感染病のひろがりによる人類の絶滅という最悪の想定を主題としている。

 冒頭、原子力潜水艦ネーレイド号に乗船した吉住が、艦上から望遠鏡で無人の廃墟と化した日本、白骨の連なる浦賀の街や富士山を眺めるところから始まる。核兵器とともに当時盛んだった生物化学兵器の開発競争のなかで、イギリスの軍事研究所から致死性の感染ウイルスがひそかに持ち出される。それを運んだ航空機が事故でヨーロッパ・アルプスの山中に墜落、ウイルスの容器が壊れて最悪の病原が拡散、イタリアやウクライナなどで原因不明の心臓発作で死亡するひとが相次ぐ。みずからが開発したウイルスを持ち去られたイギリス人の科学者は、責任を感じて自殺し、病原は不明のまま、またたくまに被害が世界中にひろがっていく。そしてあっというまに、街は患者と死体でいっぱいになる。医者も看護師も罹患して死亡、病院は機能停止。交通機関も途絶え、テレビや新聞も発行不能になる。アメリカでもソ連でも政治・行政は麻痺し、大統領や首相が、軍の司令官がつぎつぎに亡くなっていく。こうして数か月で、世界中の人口が激減、いたるところに死体が転がり、死体には蛆がわき、すさまじい死臭が街を覆う。やがて死体は白骨と化し、街は無人の廃墟となっていく。

 そんな世界で、生き残ったのは外界から完全に隔離された南極大陸で越冬していた約1万人の観測隊員だけであった。しかし、ここには補給もなければ、情報もとどかない。備蓄していた食料も衣服も備品もしだいになくなっていく。電力も火力も補充ができず、新たに生産するすべもない。こうした状況のなかで、人類の生き残り、将来はすべてこの人たちの肩にかかる。隊員たちの祖国そのものが全滅してしまった以上、もはやどこの国の出身か国籍は意味をもたない。その意味で、隊員たちははじめて共通の仲間になったのである。その共同の努力に人類の未来がかかっている。

 冒頭の潜水艦ネーレイド号は、南極探検隊に残された二隻の艦船の一つであり、吉住はその乗員の一人である。地上はどこも危険な感染病で汚染されているため、上陸は許されず、海のなかから地上の様子を探ることができるだけである。地震学が専門の吉住は、南極に閉じ込められて4年がたったころ、アラスカでの大規模な地震発生を予測する。アラスカには米軍の基地がある。地震による破壊でもソ連による攻撃とみなし、即座にソ連に核攻撃をくわえる自動装置がアメリカのホワイトハウスに装着されたままである。ソ連も対応する核攻撃自動装置をもっており、攻撃は南極に置かれたアメリカの軍事基地にもむけられる。そうなればかろうじて生き残った南極探検隊は全滅してしまう。さてどうするか?「本当の意味での人類の“復活の日”は、いつくるのであろうか」――この問いかけで近未来小説は終わる。その問いかけは、今日にも生きている。(2020・5)

 

 

高島哲夫『首都感染』(講談社文庫)

 コロナウイルスによる自粛休業していない数少ない書店の平台にうず高く積まれていたので、つい購入してしまったが、時宜にかない中々よく書けた作品である。2010年に発表されているから、10年前ということになる。

 H5NI新型インフルエンザがサッカーのワールドカップ開催中の中国で発生、中国政府がひた隠しにしている間に感染が世界に広がっていくという設定は、今回の新形コロナウイルスにそっくりではないか? 感染者の半数が死亡するという強毒性で、世界で56億人が感染し22億人が亡くなったという想定だから文字通り恐ろしいウイルスである。ワールドカップは中国が初めての決勝進出でクライマックスを迎える。まさにその時、開催地の北京で患者発生が露見、決勝戦は急遽中止となり、選手はもとより何万というサポーターが帰国の途につく。感染の世界的拡散は必至である。

 このとき、日本の瀬戸崎総理と医師出身の高城厚生大臣は、総理の息子でWHOのメディカル・オフィサーを多年にわたって務めた経験を持つ主人公の瀬戸崎優司の提案をうけて、全世界に先駆けて日本の空港へのすべての中国機の着陸を拒否する措置をとる。そして、中国からの帰国者は空港で5日間拘束し、非感染が確認されてはじめて解放するという強権的な施策を断行する。優司は、WHOで感染対策の専門家として、アフリカなどでの感染症発生のたびに現地に飛び、地域の封鎖、感染者の隔離を徹底することで、感染拡大を防ぐ仕事に命懸けで従事してきた。そして、離婚した妻は、今もWHOで同じ仕事にたずさわり、優司とは連絡を取り合っている。

 日本が中国機の締め出しと帰国者の隔離で感染拡大をくいとめたことは、驚異的な英断として世界中で評価される。しかし、感染は防ぎきれず、首都東京に患者が発生する。優司たちは即座に首都を閉鎖して、患者の広がりを都内に抑え込むことで、全国への感染拡大を防ぐという断を下す。環状八号線を境に一切の交通機関、道路を閉鎖し、自衛隊、機動隊の総出動で、一人の脱出者をもださないようとりしまる。都内では患者が急増し、学校などにも設置した臨時病床はあふれ、医薬品、医療器具は底をつき、医師と看護師は疲労困憊の極に追い込まれる。死体の焼却が追いつかず、食品会社の冷凍庫を借りて臨時に詰め込む。全力でとりくむ抗ウイルスワクチンの完成か、封鎖の破綻・破滅への転落か、時間の勝負となる。

 ざっとこんなストーリーなのだが、読んでいてたえず頭に浮かぶのは、今回のコロナウイルスでの安倍政権の後手ごてと失態、判断ミスの連続との対比である。この作品に登場する首相、厚相、そして専門家の優司の判断と行動は、きわめて誠実で的確である。その特徴をあげると、以下の三点に集約することができよう。一つは、なんとしても国民の命を守り抜く、そのために必要なことはなんでもやるという使命感と責任感である。中国機の拒否にしても、習近平来日をひかえ必要な対応を遠慮していた安倍政権とは雲泥の差である。第二に、専門家との連携、その経験と英知の尊重である。総理や厚生大臣が感染対策専門家である優司の経験とノーハウに耳を傾け大胆に取り入れる姿勢は、当初専門家の意見も聞かずに次々に見当はずれな手を打った安倍政権とは対照的である。悪評高いアベノマスクはその象徴であろう。第三に、国民の理解と協力を得るためこの対策チームが徹する姿勢である。たとえ不都合なことであっても真実を隠さず語り、公にし、そのことによって国民の理解と信頼をかちとるという姿勢である。何週間もつづく封鎖に耐えられず、力で首都脱出をはかろうとする都民にたいして、なぜ封鎖が必要かをテレビで切々と訴える瀬戸崎総理の姿は、森友や桜を見る会で嘘とごまかしを繰り返してきた安倍首相のそれと際立った対照をなしている。

 感染拡大を抑え切った日本が世界から絶賛され、WHO事務局長がパンデミックの終息を宣言するところで、この作品は終わる。安倍首相らにも是非一読をすすめたい。(2020・5)

スティーヴン・ジョンソン『感染地図』(矢野真千子訳、河出文庫)

 作者は、ニュー・ヨーク・タイムズ・マガジンのコラムニストで、科学ジャーナリスト19世紀イギリスのいわゆるヴィクトリア時代にロンドンで発生したコレラの集団感染をめぐって、その原因解明にとりくんだ医師、ジョン・スノーと、牧師のヘンリー・ホワイトヘッドらのたたかいを追跡している。新型コロナ・ウイルスの世界的規模での感染のひろがりとの格闘が各国ですすめられているこんにち、その原点ともいえる歴史的なとりくみに的を当てた時宜にかなった文献と言えよう。2006年に発表されている。

 1854年の夏、ロンドンの下層階級が暮らしていたソーホー地区ブロード・ストリートを中心に、コレラの集団感染が発生する。この一帯は、人口が密集しているだけでなく極端に不衛生で、悪臭に満ちていた。当然、多くの人が不衛生状態による悪臭、すなわち汚染された空気が感染の原因とみなし、その対策に力を入れる。コッホによるコレラ菌発見の何十年もまえだから、コレラの原因はまったく知られておらず、まったく非科学的な風評をふくめて恣意的な憶測が蔓延していたのである。そうしたなかで、医師のスノーは、激しい下痢と脱水症状で命を落とすコレラの原因は飲料水ではないかとの推測にたって、感染者が充満する街に入り込んでその裏付け調査に身を挺するのである。ホワイトヘッドはこの地域の教会の副牧師で、宗教的使命感から汚染地域の住民との接触をつづける。この牧師ははじめスノーの説には反感を抱いていたが、その調査活動の内容を具体的に知るにつれて、協力的になっていく。

 スノーの着眼は、この地域の地図と市が作成した住民台帳をもとに、感染者、死亡者の克明なリストをつくりあげることである。死亡した感染者をだした家族の多くは、この地域から避難し、いなくなっている場合が多いし、在住していても感染の状況を見ず知らずの医師に語ることを拒む人がおおく、調査は難航をきわめる。しかし、スノーは麻酔技術を開発した功労者でもあり、気体であるクロロホルムの人体に及ぼす働きなどの知識から、空気感染ではあり得ないと確信し、調査に執念を燃やす。そして、ついにブロード・ストリート40番地にある井戸が、感染源と突きとめる。地域と住民をよく知るホワイトヘッドは、この井戸の近くでごく初期に感染して死亡した赤ちゃんの排泄物が流れ込んで井戸水を汚染した事実を、その経路まであきらかにして裏付ける。それでも、空気感染説論者から受け入れられなかったが、時間の経過とともにスノーらの主張が市民権を獲得していく。そして、コッホによる病原菌の発見によって、決定的な勝利を収める。今日につながる疫学的研究の出発点でありその勝利である。

 著者がスノーらの努力を単なる個別研究の事例にとどめず、19世紀のイギリスに象徴される世界的規模での産業革命とこれにともなう都市化の進展、そこでの都市の汚染、とくに人間の排泄物による飲料水の汚染といった、文明そのものの進歩が直面する人類的課題のひろがりのなかで論じているところに、この著作の大きな特徴がある。本書の書き出しは、「1854年の8月、ロンドンはごみ漁りたちの街だった。骨拾い、ぼろ集め、犬糞集め、どぶさらい、泥ひばり、下水狩り、燃えがら屋、下肥屋、油かす乞い、川底さらい、河岸受け、――――この業種の呼び名を並べれば、まるで珍獣動物園の目録だ」ではじまる。数十年の間に200万人にふくれあがったロンドンでは、排泄物の処理は数十万人の下層階級の手にゆだねられていた。密集状態の労働者街の住宅には戸別のトイレもなく、毎朝排泄物を街路や中庭に放出するといったことさえ行われていた。ようやく整備された下水道も汚水をテムズ川に流し込み、その水がロンドン市民の飲料水になるという恐るべき事態がまかり通っていたのである。スノーらの努力は、そうした事態の科学的解決への先駆的努力、というのが著者のスタンスである。そこに今日のグローバル化した巨大都市が直面する課題とのつながりを見ているのである。(2020・5)

 

ミラン・グンデラ『冗談』(西永良成訳、岩波文庫)

 チェコ生まれ(1927年)の作者が、1967年に発表した作品である。第二次世界大戦ナチスに占領されたチェコは、ソ連軍の進攻で解放されて祖国をとりもどし、新しい国づくりにとりくむ。希望に燃える青年たちは、理想にむかって若者らしい情熱を注ぎこむ。1947年にチェコ共産党に入党する作者もその一人であった。しかし、残念ながら支配勢力となるチェコ共産党は、ソ連の影響下にチェコの実情とはかけ離れ自由と民主主義とも相容れない“ソ連型の社会主義”をめざす。青年たちの夢はふみにじられ、体制への失望と不信が広がっていく。そして、1968年、ドプチェクラによるソ連からの離反をともなう自由と民主主義への変革、プラハの春を迎えるが、その快挙はソ連を中心とするワルシャワ同盟軍によって武力で無残に潰されてしまう。

 第二次大戦をはさんで中欧の小国がたどるこの不幸な歴史を、そのなかで生きた青年たちの矛盾と苦悩に満ちた生き様をとおして描きあげたのがこの作品である。主人公のルドヴィークは、モラビアの失われた民族歌謡を掘り起こし継承し、新しい祖国の民族的な文化の創造につなげる運動に打ち込むが、付き合っていた女性にあてた絵葉書に、相手をからかうつもりで書いた一文、「楽観主義は人民のアヘンだ! 健全な精神など馬鹿臭い! トロツキー」が反党的との理由で、大勢の前でつるし上げられ、党を除名され、大学生の資格も奪われ、軍役の名目で事実上の囚人労働、炭鉱での強制苦役を5年間も強要される。ルドヴィークの弾劾、追放には、民族歌舞団の運動を一緒にやってきたヤロスラフや、同郷の幼馴染のゼマーネクもいた。なかでもゼマーネクは、チェコ解放の英雄とされたフーチクをひきあいにだして、ルドヴィーク糾弾の先鋒に立った。ルドヴィークは、炭鉱での苦役にたえながら、そこで知り合った素朴で美しい少女、ルツィエへの愛に生きる希望を託す一方、自分を破滅させたゼマーネクらへの復讐に生涯を賭けようとする。

 10数年後、軍役を終えて復学し大学に職を得るに至ったルドヴィークは、ゼマーネクの妻ヘレナを性的に篭絡することで復讐の一つを成就するのだが、そこにあらわれたゼマーネクは、もはやかつての模範党員ではなく、むしろ自分と同じ体制批判者に変貌していた。歌舞団で出世したヤロスラフも自分たちの運動がすでに時代からとりのこされ、自分の息子にもそっぽを向かれているのを認めざるを得ない。冗談に発する自分の不幸は、歴史の進行そのものによって、敵を失ってしまったのである。「<歴史>が冗談を言っているのだとしたら? 自分自身と自分の人生が<私を超える>はるかに広大で、まったく撤回できない冗談のなかに含まれているからには、自分自身の冗談を撤回することなどできないのだ」と、ルドヴィークは悟る。

 ルドヴィークの友人でキリスト教の信者であるコストフは信仰のために、ルドヴィーク同様に不当は処遇を受けてきた。しかし、彼は彼を追いやった人々を許す。そして、ルドヴィークにたいしていう。「憎悪は報復の憎悪と報復の連鎖以外に何を生むというのだ? ルドヴィーク、君は地獄に生きている。くりかえすが地獄に。わたしはそんなきみを哀れにおもう」と。

 問題の根本は、第二次大戦後のチェコが歩んだ道が旧ソ連型のエセ社会主義であって、科学的社会主義本来の意味での社会主義の道ではなかったことにある。もちろん、第二次大戦後新しい国づくりに挑戦した当時の作者らにその洞察をのぞめなかったことは言うまでもない。しかし、今日の時点からは、そのことの自覚と反省抜きには、チェコの歴史とそこでの若者たちの苦悩の意味を本当に解くことはできない。作中のルドヴィークらの苦悩と混迷はそのことを物語っている。(2020・4)