アビール・ムカジー『カルカッタの殺人』(田村義進訳、早川書房、2019・7)

 第一次世界大戦後の1919年、英国の植民地だったインドのカルカッタを舞台にした異色の推理小説である。作者は、インド系の移民二世のイギリス人で、会計士をしていたが、40歳で自らのアイデンティティー確立のために一念発起して稿をおこしたという。

 主人公ウィンダムは、スコットランドヤード勤務の優秀な刑事であったが、第一次大戦に従軍して生死のあいだをさまよい、親しい友人や戦友の多くを失った。そのうえ、最愛の妻に突然の病で先立たれて生きる希望を失っていたところを、インドのベンガル州警察の総監をしているかつての軍での上官から誘われてその部下としてカルカッタの警察に勤めるようになる。コンビを組む部下にインド人青年で、育ちが良く真面目で頭も切れる部長刑事のバネルジーがおり、もうひとり、イギリス人で警部補佐のディグビーもいる。

 赴任していくばくもないときに、インド人街でしかも娼館の前で州副総督の側近、財務局長のマコーリーが惨殺死体となって発見される。喉を掻き切られ、片方の手はズタズタに切り裂かれ、片方の目は眼窩からえぐり取られていた。誰が何の目的でこのようなむごたらし殺害をおこなったのか? それにしても、英国人の高官がなぜインド人街に足を踏み入れ、しかも娼館を訪れたのか? 

 当時のインドは、イギリスの支配下で、英国人がわがもの顔でのさばり、藍やケシの強制栽培で小麦の作付けが激減し農家は数十万規模で餓死者が出るなど飢饉が頻発、地場産業の衰退により都市部では住民は救貧のきわみにあった。当然のこことして反英闘争がひろがり、さまざまな結社が反英・独立運動をくりひろげ、なかにはテロを武器にたたかう集団もあらわれる。カルカッタでは、英国人はホワイトタウンに、インド人はブラックタウンにと住む場所も画然と区別されていた。ウィンダムは、娼館の経営者の女性や娼婦らから事情聴取をするが、彼女らは何か隠していて口を割らない。

 事件はそうした状況のなかで起こったのである。当然、まず疑われるのは、反英闘争をおこなっている集団、組織である。おりしも、警部補佐のディグビーが、なじみの情報屋を通じて、テロ集団のリーダーで潜航中のベノイ・センがカルカッタに戻っているとの情報をもたらす。犯人はこの男に違いないと、逮捕するのだが、センは、テロという手段に疑問を抱くようになり、非暴力に転じてその立場で運動を広げるために帰ってきたのだと一貫して犯行を否認する。その態度には、真摯なものがあり、ウィンダムの最初の推理はゆらぐ。そこへ、軍の情報部が事件に介入してきて犯人引き渡しを強引に要求する。

 ウィンダムはバネルジーと協力して、マコーリ―と親しかった実業家ジェームズ・バカンやマーコリーの友人であった牧師のグン、さらにマコーリーの後任のスティーヴンスなどの身辺も探る。また、マコーリ―の秘書でイギリス人とインド人の混血で特段の美女であるアニー・グラントにも事情聴取をし、この女性とは、急速に接近する。アンは、ウィンダムと一緒に入ったレストランで食事を断られるなど、非イギリス人として不当な差別を受け、みずからのアイデンティティに違和感を持つ屈折した心境にもある。

 植民地インドのカルカッタでは、イギリス人は表面上は紳士を装っているものの、実態はその反対で、富と私欲を満たすためには手段を選ばない、貪欲で傲慢な人物が圧倒的に多い。インド人は、支配者の英国人にたいして面従腹背、いつ公然と背を向けるかわからない、反抗とナショナリズムの大波のなかにある。ウィンダムの捜査は、なかなか進まないが、改めて事情聴取をした娼婦ディーヴから、殺害現場を目撃した供述があり、牧師からマコーリ―が実業家のバリの依頼で娼婦のあっせんをしていたことが明らかになり、事件の謎が一つひとつほぐれていく。その謎解きの面白さもあるが、英国支配下のインド社会の騒然とした実態がつぶさにえがかれていることに、私は強い印象をうけた。(2019・12)

 

紅葉の谷川温泉

 この夏、格別の猛暑もあって冷房の効いた自宅に閉じこもったまま、避暑を兼ねた恒例の山旅にもいかなかったので、紅葉を見にでかけようかということになったが、さてどこに行くか迷ってしまう。娘に相談したら、谷川温泉を紹介してくれた。距離的にも手ごろで、谷川岳の天神平までロープウェイで登るのも悪くないということになって、11月11日(月)に決行することにした。自宅を9時少し前に出てロマンスカーで新宿にむかい、新宿から湘南特別快速で高崎まで行き、そこから在来線で水上に向かう予定である。

 久しぶりのロマンスカーかから在来線の快速に乗り換え、高崎に着いたのはお昼ころであった。改札を出て、駅構内のレストラン街で昼食をとり、水上行きの各駅停車に乗り込む。窓からの景色が次第に田園から森林地帯に変わり、山裾をぬって山岳地帯へと傾斜を登っていく。水上に着いたのは午後2時すぎだったが、ずいぶんと山深く入り込んだところだと、認識を新たにした次第である。宿は駅から北へ車で10分ほどのところにある谷川温泉の奥まったところにある「檜の湯水上山荘」である。周囲を深紅に色づいた紅葉に囲まれた、こじんまりとした目立たない建物であった。河岸の斜面に建てられており、4階がフロント、3階に大浴場がある。案内されたのはこの階の「谷川」という部屋であった。広々とした座敷で、かけ流しの立派な温泉風呂がついており、窓からは紅葉の川を挟んではるかに谷川岳の一角をのぞめる。あいにく天候がいま一つで山は時々姿をあらわすもののすぐに霧に隠れてしまったが、とても素晴らしく心を癒される落ち着いた風情である。

 ゆっくりくつろいで、ビールを飲みながらテレビで大相撲を観戦、夕食は一階の葉月亭という間で、本格的な和食のコースである。上州牛と赤城鶏の棒葉焼など地元の食材をふんだんにつかった上品な味付けの料理を、谷川岳という地酒とともにゆっくりと賞味する。最後に栗と茸の炊き込みご飯がでてきたが、残念ながらすでに満腹で一口おつきあいするにとどめざるをえなかった。

 周りを見渡すと、私たちと同じと年ごろの老人夫婦のほかに、結構若い夫婦やカップルの姿も目に留まった。紅葉のシーズンも最後で、旅館が料金の割引をしているのだそうだ。真理がここを勧めてくれた理由の一つも、そこにあった。

 

 天一美術館へ

 翌朝目が覚めると、外ははげしい雨である。朝風呂に浸かって着替えたものの散歩に出ることもできず、部屋で時間をつぶす。朝食の後、本日の行動について妻と協議する。天気予報では、昼頃から晴れるとのことなので、水上駅にもどって、谷川岳のロープウェイにむかうかどうか、思案のしどころである。最初は旅館からの送迎車の予約までしたが、空の模様からして、午後からもすっきりした天気は望めそうもないと判断して、外出は断念する。そうと決まればゆっくり休んで、近くにある天一美術館を訪れ、谷川温泉郷を散歩しようということになる。われわれ高齢者には、旅先でのこうした過ごし方も悪くはない。10時も過ぎたころ、旅館に備え付けられた雨傘をさして、出かける。いぜんとして雨は降っているが、宿から美術館までの坂道は周囲の家や旅館の周りが紅葉に覆われていて、濡れたモミジが一段と鮮やかである。美術館へは、ものの10分ほどで到着する。

 天一美術館には一度訪れたことがある。この美術館は、東京の銀座で天一という天ぷら屋を経営していた人が集めた絵画を展示しており、岸田劉生の麗子像が3点ほど、ほかに佐伯祐三熊谷守一安井曽太郎など日本の画家や、ロダンルノワールピカソなどの作品も収蔵している。また、高麗磁器、江戸時代の美人画なども展示している。この美術館の建物は、奈良国立博物館新館の設計などで著名な建築家、吉村順三氏の遺作となった建造物である。私見によれば、展示されている絵のなかには熊谷守一や岸田のそれなど、みるべきものもあるが、自然の中の空間を有効に生かしたとてもシンプルな建造物にこそ、じっくり味わうに足る造形美がそなわっているといえよう。作品の鑑賞を終えて、フロントのあるロビーに戻ると、係員の娘さんが、ハープ茶をふるまってくれる。これは前回もそうだったが、この美術館ならではのおもてなしである。

 美術館を出て、周囲をゆっくり散歩する。通りをはなれてほど遠くないところに、一軒だけ、彩絵という名の瀟洒な建物のイタリアンレストランがある。宿のお兄さんが昼食にと勧めてくれた店である。すでに午後1時を過ぎていたが、ここに入って昼食とる。店は老いた母と二人の娘が切り盛りしている。私はペペロンチーノ、妻はカルボナーラのパスタを注文する。これが本格的なイタリア料理で、いずれもとてもおいしかった。

 そのあとは、宿に戻って前日同様に大相撲を観戦、関脇、大関が全滅という混戦状態に予断を許さない今後の展開への思いをいたす。夕食は、昨夜とおなじ部屋で、イワナの塩焼き、上州牛のしゃぶしゃぶといった地元産の食材による料理を味わう。今夜はワインを飲む。

 

 ロープウェイで快晴の天神平へ

 翌朝、目を覚ますと雲一つない快晴である。窓からは朝日に輝く谷川岳の峻険な姿がくっきりと見える。今日は絶好の山日和である。朝食をすませると、早々出発の準備にかかる。9時すぎに宿の車で水上駅へ行き、観光案内所で天神平へバスからロープウェイに乗り継ぐ乗車券を購入、うのせ温泉、湯檜曽温泉、JR土合駅をへて谷川岳ロープウェイ駅にむかう。周囲の山々は黄色く色づき、今が見ごろである。その色とりどりの華やかさは、いくら眺めていても飽きない。しかし、バスが高度を上げるにつれて、山々は灰色の冬景色になっていく。まわりを見渡すと、欧米系の観光客の姿が目につく。若い高校生くらいの団体もいる。 

 ロープウェイはゴンドラ形式で、ゆっくりと谷川岳の山腹を登っていく。終点でゴンドラを降りると、山頂のトマの耳(1963)、オキの耳(1977)が目の前にくっきりと浮かびあがってくる。上越国境や周辺の山々も連なっていて、これ以上にない雄大な景観を形づくっている。ここからさらにリフトに乗り継いで天神平まで登る。海抜1502メートルである。ここから山頂までは歩いて2時間半くらいであろうか?元気なころなら一気に山頂を目指すのだが、いまのわれわれには、頂を眺めるだけで満足するしかない。それでも、ここまで登っての眺望は、絶品である。谷川岳山頂を背景に、ふたりそれぞれ記念撮影をして、天神平に別れを告げる。

 一の倉沢に足を伸ばすかどうか迷うが、前回体験しているのでパスすることにして、バスで水上駅に戻り、さらに乗り越して駅からさほど遠くない諏訪峡を訪ねる。利根川の河岸に整備された公園で、桜や紅葉の見どころとなっている。川に沿って遊歩道が整備されており、歩くこと15分ほどのところに、与謝野晶子の歌碑がいくつも設置されている。その先に橋があり、これを渡る。このあたりからの川の流れをはさんでの谷川岳の全景は、素晴らしいの一語に尽きる。帰りに公園の入口にある店で黒須饅頭という名物を買い、タクシーで水上駅に戻る。

 駅前のソバ屋で遅い昼食をとり、2時過ぎの列車で高崎に向かう。高崎で3時38分発新幹線トキに乗り換え、4時半に東京駅に到着、中央線で新宿に出て、小田急線に乗り換え、5時範半に町田駅に戻る。自宅近くのカレー専門店、エビンで夕食をとり、ビールで乾杯、帰宅したのは7時過ぎであった。久々のくつろいだ癒しの旅に、二人とも満足。いろいろお世話になった娘に感謝。

乙川優三郎『R・S・ヴィラセニョール』(新潮文庫、2019・11)

 

 作者はよく練られた文体で時代小説を書く作家として知られていた。数年前に『脊梁山脈』という大作で現代を描いて話題になった。今回の作品は、タイトルからしてどういう作品なのだろうと、思わせる意外性がある。レイ・市東・ヴィラセニョールという染色家の女性の名前である。母親は日本人で日本国籍であるが、フィリピン人のメスティーソを父にもち、容貌が父親似であることもあって、幼いころから偏見や差別に悩まされたばかりか、日本人でありながら、自分のアイデンティティに違和感をもちつづけてきた。

 大学で染色を学び、今は千葉県の房総半島の海辺で一人暮らしをしながら、着物の染色に明け暮れている。型染という染色で、繊細な色合いを特徴としながら、大変な体力を要する仕事である。近くにメキシコ出身のメスティーソであるロベルトという青年がおり、染糸を生業にしていて、境遇が似ていることもあってなにかとレイと交流がある。レイの家庭では、母とレイは日本語で、母と父は英語で会話をかわし、父はカタログ語もはなし、日本にはなじまず、フィリピン人であることに強いこだわりをもっている。そして、しばしば単独でフィリピンに帰国する。こういう環境で育ったレイは、日本のもっとも日本的な伝統工芸にたずさわりながら、自分の感覚に非日本的な、父の血の流れていることを自覚せずにおれない。彼女が和服地に強烈な赤色を染めこむのも、そのあらわれの一つといえよう。彼女にはもう一人、大学の先輩で、日本画を専攻し、江戸時代の琳派の現代版をめざす根津という男性とつきあっている。この青年は、裕福な環境に恵まれているが、躁鬱の病をもち、作画のうえでの壁とともに、病状が悪化していく。

 こうして、染色、染糸、日本画という特異な世界の作為がきめ細やかに描かれていく。レイの作品は、日本人離れした感覚が評価されて、独り立ちできる展望も生まれてくる。そんな時に、父ががんで倒れ、手術入院する。退院して療養中にもかかわらず、父は単身でフィリピンへ行くと言い出して、母やレイの説得に耳を貸そうとしない。父には、フィリピンで弁護士をしている弟と、ハワイに居住する妹がいる。父がなぜそれほどフィリピン行き、それも単身でにこだわるのか、レイには理解できない。

 医師から父の余命はわずかと宣告されたのを機に、レイの連絡で叔父の弁護士が来日する。そしてレイは、この叔父から父や叔父がどんな環境のもとで育ったのか、戦後のフィリピンのおぞましい歴史と父たちの一家が巻き込まれた惨劇をつぶさにきかされる。父の父、レイの祖父は反骨のジャーナリストであった。殺人など醜悪な犯罪者からなりあがっていったマルコス大統領の統治下で、多くの国民が貧困と失業の海に放置されたまま、国費の私物化、利権あさり、批判者への暴力的抑圧が横行した。祖父は、これに抗議しつづけて、惨殺されたのである。そのむごたらしい遺体をまのあたりにした父が生涯をかけて誓ったのは、マルコスへの復讐であった。彼が、母を置いてしばしばフィリピンへ帰国していたのは、そのためであった。

 もちろん、マルコスはとうに亡くなっているのだが、宮殿に安置された遺体にたいして復讐の思いをはらそうというのが、父と叔父らの計画であった。この辺りはミステリアスなのだが、マルコスを中心とするフィリピンのおぞましい戦後の歴史を、この作品で初めて知ることができたのは収穫であった。それにしても、韓国について多少知識は持つようになったが、フィリピンの歴史についていかに無知であったかを反省させられた次第である。(2019.11)

 

篠田節子『ブラックボックス』(朝日新聞出版、2013)

 ここのところ同じ作家の作品をいくつか読み続けてきた。本作

は、日本の農業が直面する課題と食の安全、研修を名目に劣悪な労

働条件のもと働かされる外国人労働者の問題など、極めて今日的な

社会問題にいどんだ力作である。朝日新聞で2010~11年に

「ライン」というタイトルで連載された。

 農家育ちの三浦剛は、大学の農学部を出て有機農業にたずさわる

が挫折して実家に戻り、相続した農地をハイテク駆使の実験農業に

挑む地元企業に貸し、そこの共同オーナーになる。しかし、オー

ナーとは名ばかり、ハイテク農場は無菌、無農薬の野菜を完全なコ

ンピューター管理で育てると

いうもので、すべてが企業の技術者が取り仕切り、剛が口を出す余

地はない。文字通り昼夜をわかたぬハイテク企業である。剛はみず

からの存在感ら失いかね状態で鬱々しているが、最新のハイテク

農場ではつぎつぎに予想だにしない事故や装置の不具合が起こる。

 もうひとり、投資アナリストとしてテレビなどでも活躍していた

加藤栄美は、勤めていた会社首脳によるスキャンダルに巻きこまれ

てマスコミの袋叩きにあい、剛と同じ郷里に逃げ帰り、剛のハイテ

ク農場から生産されるレタスをサラダに加工する、これも最新設備

で安心安全を売り物にする企業のパート従業員として働いている。

そこには、フィリピン、ブラジル、中国などの労働者が研修生の名

で、休日もろくにない深夜作業に極端に低い賃金で雇われ、コンベアへ

張り付く単純作業に従事している。低温、深夜、長時間労働で、体調を

崩す人が目立つばかりか、奇形児を死産したり、帰国後癌で死亡する労

働者もでる。栄美は、剛とともに、ハイテク農場や、サラダ工場の

工程や衛生管理に疑問を抱き、ひそかに調査をはじめる。しかし、パー

トという身では、勤め先にバレたら直ちに首になるし、旧習にとらわ

れる田舎では、前歴のこともあり、目立つことは絶対に避けなければな

らない。

 さらにもうひとり、東京で離婚して帰って栄養学担当教師として子ど

たちと接する聖子がいる。子どもたちの間でアレルギーが増加し、体

調を崩すこどもや、小児がんの患者も後をたたないことに心を痛め、ハ

イテク農場やサラダ工場に疑いの目をむける。勤め先の校長に提起した

りするが、相手にされずに悩んでいる。聖子は、やがて剛、栄美ともに

行動するようになるが、確たる証拠があるわけでない彼らの訴えに、当

該企業はもとより、学校も、自治体も、労働組合も、地域住民も耳を貸

そうとはしない。それどころか、ネットへの投稿が非難にさらされるな

ど、身の危険さえ感じさせる事態になっていく。

 注目すべきは、いま日本の農業がどんな事態に直面しているかが、具

的な取材にもとづいて克明に描かれていることである。多年の化学肥

料と農薬の使用で劣化した農地に農業の未来はない。かわって登場した

ハイテク農場、農産物の工場生産施設は、華々しく宣伝されるその将来

展望とは裏腹に、技術的にも経営的にも、あるいは人材的にもさまざま

な問題を抱えている。たとえば、コンピューター管理の無菌、無農薬で

栽培される野菜の味があまりにもそっけなく、商品化するにはいかがわ

しい薬剤に漬けて味つけをしなければならず、そこで働く労働者にすら

被害をおよぼしているのではないかという指摘など。食の安全、安心と

いった面からも、衝撃的な問題提起がされている。

 もう一つは、研修の名による外国人労働者の抱える問題である。仲介

者に多額の金を支払って来日する彼女たちは、どんなに劣悪な条件を

強いられても、文句を言わずに働き続けねばならない。どうにも耐えら

れなくなって訴える先には、暴力団まがいの集団も介入する。よくない

ことと承知でそうした労働者を雇わざるを得ない零細企業のおかれた苦

しい状況など、解決を迫られるいくつもの課題がリアルに切実に提起さ

れている。(2019・10)

 

 

篠田節子『冬の光』(文春文庫)

 玄人顔負けの腕で洋包丁を研ぎ終えた夫が、「勝手口に立つ妻に呼びかけ、柄の方を向けて手渡す。妻は無言で受け取る。ふっくらした右手で柄を握り、不意に尖った刃先をまっすぐにこちらに向けた。息を呑み、その手先と顔を交互に見る。研ぎ上げた刃先から青白い炎が揺らぎ立つ」 こんな書き出しから、尋常ではない不穏な家庭内の空気に接した読者は、読み終わるまでこの作品を手放せなくなる。

 妻の側に警告にとどまらぬ殺意まであったかどうかはわからない。しかし、夫の康宏はすべてを見透かされていることを悟る。妻はやがて家を去り、娘たちも独り立ちする。妻にたいする自分の不実のゆえに、妻からも二人の娘からも愛想をつかされ、孤独のうちにこもるしかない康宏は、2011年の東北大地震を機に、救援ボランティアに身を投じ、被災した現地で死臭の滾る凄惨な実態と途方に暮れる人びとの生の姿に接し、大企業で出世街道を歩み挫折したそれまでの自分の人生を根本から見直さざるをえない。

 震災救援活動がひと段落して帰京した康宏は、震災犠牲者の供養のため、意を決して88ケ所の札所をまわる四国遍路の旅に出かける。そして、帰りのフェリーから海に身を投じたとしか考えられない遺体となって、警察の遺体安置所から娘に引き取られて家に帰る。遺体を前に、妻は葬儀にも立ち会わないと娘に告げて、家を出ていく。

 ざっとこんな筋立てなのだが、問題は康宏の妻に対する不実の中身である。相手は、笹岡紘子、大学の同級生で、学生運動の全盛時代に同じセクトに属してゲバ棒を振り回した間柄である。他のセクトの暴力で命さえ危うかった紘子を助けたのを機縁に深い中になるが、卒業して大企業に就職して企業人に早変わりした康宏とは対照的に、紘子はアカデミズムにとどまり、学生時代の心情をそのまま持続する。ことのなりゆきからやがて康宏は紘子に見捨てられ,今の妻、三枝子と結婚する。

 そして、10年以上もたって社用でフランスに出張、滞在中に二人はばったり再開、なつかしさもあってふたたび関係が復活する。そして、妻にばれ、実家に帰った妻に頭を下げて、紘子との関係をきっぱり切ると約束して、結婚生活を続けるのだが、紘子との縁はふたたび復活、それがまたばれて、妻と娘との間に決定的な不信と亀裂をまねく。にもかかわらず紘子をあきらめきれない康宏の心のうちには、企業人の自分には望み得ない純粋さへの憧憬があったのかもしれない。

 康宏の遺品のなかに四国遍路の道中で記したメモ帳があった。そこには、立ち寄った寺院などが実務的に記されているだけなのだが、途中で白装束を捨てるなど解せないことも記されている。比較的冷静で客観的にものを見ることのできる次女の碧は、謎解きもかねて父のたどった道を、歩いてみることを思いつく。作品は、四国路を歩く次女の目をとおして、父の人生を追認しながら、康宏と紘子の因縁にたちいっていく。そこには、大学、アカデミズムでのおぞましい女性差別、女性排除の壁と妥協することなくたたかいつづける紘子の姿が、企業人として自らを殺し妥協と調和のうちに生きる康宏の生きざまとの対比で、康宏の崇敬の目もまじえながら語られていく。康宏との関係は不倫なのだが、この紘子の生きざまにこそ、一人の自立した女性のたくましいたたかいを認めて、作者は温かい眼差しをむけている。この作者らしい捉え方である。(2019・10)

 

平野啓一郎『マチネの終わりに』(文春文庫)

 芥川賞受賞作家であることは知っていたが、自分の娘たちより若いこの作者の作品をこれまで読んだことがなかった。最近新聞の書評欄で「ある男」というごく最近書かれた作品についての論評を読み、興味を惹かれ読んでみた。若くして事故で亡くなった夫の身元が生前本人の語っていたものと全然違っていたという、ミステリー仕立ての作品であるが、なかなかの書き手だと感心して、他の作品にも目をとおしてみようかとおもって本作を手にした次第である。2015~16年に毎日新聞に連載されて評判になり、このほど石田ゆり子主演で映画化され、この11月に公開されることを知ったのは、作品を読んでいる途中であった。

 感想をひとことでいうなら、近来体験したことのないすばらしい恋愛小説というにつきる。天才的なクラシック・ギター奏者である38歳の蒔野聡史と、ルーマニア出身の著名な映画監督イェルコ・ソリッチと長崎出身の被爆者の女性との間に生まれ、フランスの通信社に勤めて戦火の絶えないイラクを活動舞台にする美しく知的な小峰洋子との運命的な出会いと、その熱烈な恋の破綻、そしてその後二人が歩む別々の道と時間の経過‐--。それらをつうじて、人間の運命のはかなさにとどまらず、男女を結びつける愛とは何か、結婚とは何か、仕事や職業とどうむきあうべきかなど、いくつもの大切な問題に切り込んでいく。そこには、作者のなみなみならぬ知的探求と思索のあとをもみることができる。

 二人の出会いは、東京での蒔野の演奏会とそのあとのパーティーである。蒔野の演奏のすばらしさに心底感動する洋子は、自らの才能をひけらかすどころか、謙虚にかつユーモラスにふるまう蒔野の率直でやさしい人柄にまたたくまに惹きこまれていく。蒔野は蒔野で、イラクの人々や難民に身を寄せる洋子の温かい心と輝く知性、美貌にふれて、これまでの人生で一度も体験したことのない衝撃とともに一瞬にしてその魅力のとりこになる。二人が二度目に会うのは、蒔野がスペインでの公演をまえにパリにたちよってであった。二人は、またたくまに親密の度を深めていく。そして、蒔野のスペイン公演の後、パリでのマチネと三度目のデートの約束をする。

 ところが、約束のその日洋子はマチネにも姿をあらわさなかった。公演のあと、待ち合わせの場所にも来ないので、蒔野は洋子の自宅を訪ねる。そこで蒔野が目にしたのは、テロの恐怖をから命からがらパリへ逃れてきたイラクでの洋子の助手、ジャリーラが、身柄を拘束されてイラクへ送り返されかねないのを救出するため必死になっている洋子の姿であった。蒔野はジャリーラと洋子をまえに、ヴィラ・ロボスの<ブラジル民謡組曲>から<カヴォット・ショーロ>を弾く。それはそれは、すばらしい演奏であった。

 連日スカイプで長時間話し合う二人がその次に会う約束をしたのは、東京でであった。それはすでに結婚を前提に、長崎に住む洋子の母親を二人でたずねることも合意済みであった。洋子には、実は、アメリカに住む婚約者のリチャードがいた。婚約解消をもとめる洋子に、リチャードがどうしても納得しないのも無理からぬことではあった。その交渉は容易に進展しなかったが、どんな困難をも乗り超えて一緒になろうという二人の決意に変わりはなかった。

 ところが、ここで運命のいたずらか、宿命か、東京でのふたりの関係は、突然、思わぬ破綻へとむかう。おりしも、洋子はイラクのホテルでのテロ攻撃であわや命を失いかねない事態に遭遇した体験からPTSDの症状に苦しみ、冷静な判断ができかねる状態に置かれていた。蒔野も、自己の能力への自信の揺らぎから深刻なスランプを体験していたさなかであった。結局、ふたりの逢瀬は、東京とパリでの3回きりであった。しかし、その後、まったく違った環境に生きつつも、たがいへの思いといとしい気持ちは、心の底で変わることなく生き続けた。その愛は、肯定すべきか否定されるべきか、そんな解き得ない問いも、おりにふれて二人の心を乱したり、悩ませたりもする。答えはないのだが、それらは深い余韻となって読む人の胸にとどまる。(2019・9)

 

マヤ・ルンデ『蜜蜂』(池田真紀子訳、NHK出版、2018・6)

 

 たまたま図書館で目にして面白そうだったので読んでみた。作者は、ノルウェー人の女性作家で、1975年生れ。これまで、児童文学などの世界で活躍してきた人で、2015年に発表した本作が大人向けに書いた最初のものだとのことである。ノルウェー本屋大賞を受賞し、ドイツで2017年のベストセラー第一位に輝いたという。現在30数カ国で翻訳出版の計画が進んでいるという。

 私は知らなかったが、2006~2007年にかけて、世界中で蜜蜂が大量死するという事態が発生した。ジェイコブセン著『ハチはなぜ大量死したか』(文春文庫)によると、北半球で約4分の1の蜜蜂が死んだという。原因については、農薬説、気候変動説などいろいろあるようだ。本作は、この世界的な事件に着想を得て書かれた近未来小説である。

 いうまでもなく、蜜蜂は蜂蜜だけではなく果樹などの受粉という大事な役割を担っている。これが絶滅したら、果樹栽培、さらに農業に壊滅的な被害をおよぼす。蜂群崩壊症候群である。本作は、この大崩壊によって、国土が荒廃し人工授粉でかろうじて果樹栽培を維持する2098年の中国四川省で、受粉作業にたずさわるタオ、2007年に養蜂家として蜂群崩壊の現場に遭遇するアメリカ・オハイオ州のジョージ、そして、現在のような養蜂業が成立する19世紀半ば、1852年のイギリス・ハートフォードシャーで近代的な養蜂技術の開発をてがけるウイリアム、以上の3人を中心に、それぞれの家族、とくにその息子と父親の微妙な葛藤を描き出している。このあたりはさすが児童文学を手がけてきた人ならではの筆遣いを感じさせる。

 中国のタオ夫妻にはウエイウエンという男の子がいる。きびしい労働の日々を送るタオは、この子の成長と未来にすべての希望をたくしている。ところが、このウエイウエンがある日突然失踪する。タオの夫が発見したときには瀕死の状態であった。そのうえ、駆けつけた救急車と当局は理由も告げずにこの子を両親から隔離し、いずこへか連れ去ってしまう。タオは意を決して息子を探しに北京へと向かうが、そこで目にしたのは、崩壊し、荒廃した北京の残骸のような街なみであった。

 アメリカのジョージは、息子のトムに養蜂業の後継を託すために、巣箱を増やし事業規模の拡大を目指している。ところがトムは、大学院で教授に認められ、その道に進もうとし、父親とのあいだに微妙な溝ができている。そこへ、蜂群大崩壊が襲ってくる。どの巣箱からもあっという間に蜂が姿を消してしまう。わずかに残った蜂を守り何とか養蜂業を続けようと必死になるジョージの姿を、トムはどう受けとめるか?

 19世紀半ばのイギリスの田舎で種子商を営むウイリアムは、怠惰な息子のエドウインを立ち直らせたい一心で、養蜂技術の開発に乗り出す。巣箱をそれまでの藁ツボのようなものから、現在使用されている箱型のものに思い切って切り替える。その発案で特許をとり、一大事業に発展させることも夢見るのだが、そうは問屋がおろさない。父親に忠実な長女のシャーロットが、失意の父の遺志を継いでやがてアメリカにわたる。

 物語は、タオとジョージ、ウイリアムと順繰りに短い断章が入れ替わっていく形式で展開される。だから慣れるまでは戸惑うが、蜜蜂を軸にして自然と人間、人間とその家族の物語が、何百年という時代と空間を超えて壮大に繰り広げられる。このスケールの大きさに、本作の大きな魅力があるといえよう。そして、蜂群の大崩壊には、今日の人間による自然の破壊とそれがもたらす異常気象、生態系の崩壊などの地球環境の破壊に読者の目をいざなっていく。三つの物語は、最後には一つにむすばれていく。しかし、そのあたりの展開はやや無理があるようにおもわれる。とくに、中国のタオの結末は、現代中国の一党体制にたいする不安と不信をも連想させるのだが、あまりにも唐突な終わり方になっているようにもう。(2019・8)